ジョッキーにとって、騎乗時に足を踏みかける「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが昨秋、 ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた! 「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。30年のジョッキー人生を懸けた一大プロジェクトをゲーテWEBが独占でお届け。第7回は、ジョッキーにとって共通ニーズである軽量化を目指すための「モデル2」開発開始について。【弟・武幸四郎が語った「ジョッキーアブミ」と「調教アブミ」の違い #6】
アブミの「重さ」は想像以上にシビア
前回、現在進行形のアブミが、当初の目論みより「重量オーバー」なことが判明した。
製作当初から本プロジェクトに携わる筆者は、現場のエムエス製作所に「軽量化バージョンを何とかならないか?」と打診。同社の迫田副社長に、武豊の思い、意味のある(ニーズに合った)アイテム作りを熱弁した。
迫田:「製品化ラインは、135~140gで上がってきて、そこから研磨して130gを目指します」
筆者:「130gですか……。当初の100gは?もう無理なんですか?」
迫田:「素材や形状を見直さないと」
筆者:「アルミとかは相当軽いですよね? もちろん強度的な製造現場の声もありますが、そもそも論として、形状設計と同時に重量を考えた製法や素材を」
この時、あとは、3月の製品化モデルが工場から出来上がるのを待つ段階だった。迫田副社長、エムエス製作所に無理を言っているのかも知れないが、いったん、現在の製造ラインを止めてでも、ニーズに対しての「モノ作り」を、ゼロベースで、もう一度考えてみて欲しい。
迫田:「アルミで再設計してみます!形状は、また武さんの意見を伺わないといけないですが、まずは、素材を変えるだけで、どれだけ軽量化が実現するのかをシュミレートします」
『アブミ』という、一般人は、たぶん触った事もないアイテムを、未知なるアイテムを、日本で初めて設計し、製造にチャレンジすることを引き受けてくれた。
分からないことだらけだろう、しかし、これだけは譲れない。プロアスリートのアイテムに、妥協した製品をプロデュースする訳にはいかない。町工場のプライド、日本のモノ作りの意地を見せてくれ!職人達に想いを馳せた。
「じゃあ2パターン作る?」
筆者が実際に使う訳ではない、当の本人に相談するしかない。
筆者:「どうしましょう? 製品化モデルは、やっぱり130gが限界だそうです。
理由は、アーチ形状の強度と足を乗せる面積的に、どうしてもそうなっちゃうみたいです」
武豊:「……、そっか。じゃあさ、こうしよう。いま進んでいる製品化モデルを『モデル1』としたら、形状を見直すこと前提に、素材をアルミにして、とにかく軽量化を目指して、もう一回(初めから)作ろっか。それを『モデル2』にして、2パターンはどうかな」
筆者:「いいと思います! 武さんが現在使っているアブミ(138.5g)も、既にニーズがある訳ですし、形状にこだわり抜いたアブミですし。トレセンで川田騎手も言ってましたが、もう1つは究極に軽いアブミを主眼において作れば、タイプの違う2パターンができますしね」
武豊:「じゃあ、また名古屋に(打ち合わせに)行かなアカンなぁ(笑)」
ピンチをチャンスに変える、とはまさにこの事だ。
本来なら、現在進行形のアブミ製造を「Stop」させることも止む無い事態を、目的の違いを明確に分けることで、2つの共存と差別化を図れるのではないか。
武豊の機転を、すぐ迫田副社長に電話した。
迫田:「……分かりました」
電話口で苦笑いしている様子がうかがえた。アブミ製造の経験値は1回積んだものの、アプローチが異なるゆえに、またゼロベースで開発が始まるのだから……。と同時に、作り手として、またチャレンジできることへの期待もある。心臓カテーテルなど循環器内科の医師でもある迫田副社長は武豊も同じく、過密スケジュールの谷間を見つけ、自ら、また町工場へ乗り込む覚悟なのだから。
こうして『武豊モデル 2(仮)』の開発が決まった。
武豊がドバイ→国内→サウジアラビアと転戦中、アルミ素材での概要が決まった。
現在、日本で入手できるジョッキーアブミ、そのほとんどを計量した。掲載写真にあるように、アルミ製の88.5gが手元では最軽量であるが、後に、48gのアブミがあることが分かった。
筆者:「迫田さん、アルミで製造することが目的じゃないので、目的は『最軽量』であり、その手段として軽量であるアルミがいいんじゃないか、という発想です。設計の段階で、アルミよりもっと軽量な素材の可能性が生まれたら、それはそれでOKですから」
迫田:「ハイ、金属素材だけじゃなくて、素材としてのラインナップを考えてみます」
非常に手厳しい表現なのは承知の上だった。しかし、作品見本を作る訳ではない。騎手という明確な顧客と、そのニーズがあり、求められている内容が『最軽量』である以上、目的と手段を間違えてはいけない。アルミ素材は、手段の1つでしかないのである。
2月のトレセンでのリーディングジョッキーの川田将雅のフレーズが、今も頭に残っている。
川田:「(武)豊さん……、もし、世界で一番軽いアブミが出来たら凄いですよね(笑)」
武豊:「凄いことになるね(笑)、多分、世界中のジョッキーが欲しがるし、外国人の方が(体重コントロールが)キツイからね」
武は笑いながら、筆者の方をチラッと見た。
『商売として成立する?』
ここで整理をしておくと、そもそも、製品化を前提に、商売としてのアブミ作りを始めた訳ではない。しかし、プロジェクト開始から約6ヶ月、武豊以外の騎手にもニーズがあることが判明し、若手の騎手にもMade in Japanのアブミを使えるチャンスを、との武の裏ストーリーを知った。
そして今、日本の騎手だけではなく、世界中の騎手のニーズかも知れない、という事実。武が筆者に送った目線を、こう汲み取った。
「商売としてどうなの? 面白いんじゃない?」
利益ウンヌンというのは、正直、まだ分からない。「ブランディング」という視点で見ると、騎手のみへの製品化では、少し市場が小さいと見るが、世界の一流ジョッキー愛用のブランドイメージと、裏付けされた日本製クオリティは、競走馬界だけではなく、乗馬など、馬社会全体への波及効果が期待できる。
町工場から世界へ――。
決して「順調」とは言い難いが、このプロジェクトが秘める大いなる可能性を信じて前に進むしかない。
【製造過程でトラブル発生も「じゃあ、2パターン作るのはどう?」#8】
Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。
Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『アルバ』の編集記者になり『Golf Today』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。