社長に就任して以来、ずっとさがしていた"出口"
スタートアップの若手経営者と毎週のように会っている。投資会社エイベックス・ベンチャーズを立ち上げたため、有望なスタートアップには積極的に投資をしていく。僕も、30年前に町田のマンションの一室からエイベックスをスタートアップした。だから、彼らの話がよくわかるし、こちらも刺激を受ける。僕なんかには考えつかないような発想をどんどん出してくる。
でも、話をしていて感じるのは、時代が完全に変わったなということ。若い経営者は、やることがスマートだ。まだ誰も目をつけていないブルーオーシャンを探し、起業し、価値を高めて大手企業に事業を売却するか株式公開をして大金を摑むという、エグジットするまでを最初から考えている。起業の資金も自分で用意するのではなく、最初から投資資金をあてにしていたり、この仕事が好きだから一生やっていくなんて感覚が特にない経営者もいる。
エイベックスの起業資金は、4人で160万円から始まった
僕の時代はそうではなかった。起業の資金だって自分で用意しなければならなかった。エイベックスの起業資金は、ひとり40万円、4人で160万円から始まった。それしか用意できなかった。自宅を抵当に入れて親にお金を借りてもらうとか、ギリギリのところで起業した。起業をしても、運転資金を調達するために、国民金融公庫とか信用保証協会とか、そういうところを回らなければならない。ジャスダック市場なんてない時代だから、上場するというのは今よりもずっと大変で、夢物語でしかなかった。今日を黒字にし、明日も黒字にするということを繰り返して、少しずつお金を貯めていって、それでようやく事業を拡大することができる。
たまに大金を投資してくれるというエンジェル風の人が現れるけど、よく調べてみたら、会社の乗っ取りが目的のデビルのような連中ばかり。そういうなかを潜(くぐ)り抜けて、ようやく上場に成功した時、ある人から「なんで株を全部売ってエグジットしないの?」と聞かれた。反射的に僕は「そんな無責任なことできない」と思った。僕にとっては、それが当たり前の感覚。でも今の若手経営者の感覚は、僕とは全然違う。違うからって、否定するつもりはない。それが"今"なんだと思う。それどころか、正直羨ましいとすら思う。
でも、変わっていないのは、"人"が重要だということ。投資先を決める時に、事業内容や将来性はもちろんだけど、それと同じぐらい重要なのが、経営者本人の"人"。なにがなんでも期待を裏切らないという骨のあるやつに投資したくなる。
松浦氏が投資したくなる人物とは?
例えば、僕が電話で呼び出した時、なにをおいてもかけつけてくれるやつ。いろいろ忙しいはずなのに、時間をつくって会いに来てくれる。別に僕にとって都合のいい子分をつくりたいわけじゃない。そういう気持ち、僕のことを気にかけてくれている気持ちが信じられる。向こうが僕に賭けてくれるんだから、僕だって彼に賭けてみようという気になる。なにがなんでも事業を成功させてくるだろうなという熱さを感じる。何人かそういう若手経営者と出会えたので、近々エイベックス・ベンチャーズから、さらにいくつか投資案件の発表ができると思う。
エイベックス・ベンチャーズの投資分野は、エンタテインメントに関連する、テクノロジーと人材の2分野が中心。人材ではすでに発表になっているけど、ロックバンド「感覚ピエロ」への投資が決まっている。一般的なアーティスト契約ではなく、彼らの会社に僕たちが投資をするという形。彼らはずっと自分たちで音楽をつくり、ライブをやり、楽曲やグッズを売ってきた。自分たちがやりたい音楽をやりたいから、自分たちだけで自由にやってきた。
感覚ピエロのメンバーは"人"も信頼できる。見た目は一見しっかりしてなさそうなんだけど、なにを聞いても答えが淀みなくでてくる。僕と会うために、前の日に考えて徹夜で暗記してきましたというのではなく、常日頃から考え続けている感じ。なにかすごいことをやらかしてくれそうな連中だと思った。
ロックバンドにとってメジャー契約や事務所との専属契約をすれば、やれることの幅は大きく広がる。一方で、会社の方針や意向が入ってくることもある。感覚ピエロに限らず、自分たちだけで運営をして利益がでているんだったら、メジャー契約や事務所契約なんかしたくないと考えるロックバンドはたくさんいる。
アーティスト契約ではなく、投資契約という道
僕らは出資をするといっても、経営を握ろうなんて考えていない。感覚ピエロの場合は、自分たちの好きにやっていいよ、必要な時は協力もする。その代わり、ライブをする、ファンクラブをつくる、グッズを販売するという時は、エイベックスのインフラを使ってねと、それだけ。感覚ピエロは音楽に集中できて、今までとは規模の違う挑戦もできるようになる。僕らもインフラを使ってもらうことでメリットがある。
感覚ピエロへの投資がうまくいったら、ライブハウスで頑張っているロックバンドも、アーティスト契約じゃなくて、投資契約を結びたいと考えるようになるだろう。ひょっとしたら、日本の音楽界の流れを変える投資になるかもしれない。
エイベックスは、レコード会社が中心になり、著作権を管理するため音楽出版社をつくり、ライブをやるためにライブ運営会社をつくりというように拡大し、自前の音楽インフラを築くところまできた。すべてはレコード会社を支えるためだった。ところが、音楽を取り巻く環境の変化に対応していくにつれ、レコード会社中心の構図から変化して、自社の音楽インフラが強く、大きくなっていった。社長に就任して以来、どこに出口があるのか、いつも考えてきた。
だったら、音楽インフラを開放して、骨のあるやつを見つけて、資金を支援し会社をつくらせ、新しい音楽をどんどん世に送り出してもらう。アーティストを抱えるのではなく、投資をする。これが、僕の"エグジット"なのかもしれない。