いまだかつて誰もなしえなかったこと、そこに挑んだ者にしか見えない景色がある。苦悩しながらも、次から次へと着実に結果を積み重ねる、星野リゾート代表、星野佳路の果敢な姿をご紹介する。
国内に35カ所、海外にも2カ所の施設を運営する星野リゾート代表、星野佳路氏。常日頃掲げている「日本のRYOKANをホテルの1スタイルとして、世界の都市で展開したい」という心意気は、開拓者そのものだ。趣味のスキーですら、独自の手法でスキーブーム復活の一翼を担い、新事業につなげている。
海外初の「星のや」開業。そこにいたるまでの想い
ここ数年、右肩上がりが続く訪日外国人旅行者数。星野リゾートは、2016年にその挑戦の第一歩とも言える初の都市型旅館「星のや東京」をオープン。そして17年、海外初の星のやとなる「星のやバリ」をインドネシアのバリ島に開業した。
「バリを開業するなかで最もハードルが高かったのは、星のやバリのオーナーに、インドネシアと日本のあらゆる価格差を認識していただくことでした」
星野リゾートはオーナー企業から運営を受託して、ホテル施設のデザインや企画から、オペレーションにいたるまでを行う。バリでは星のやの施設の設計やランドスケープのデザイナーは日本人。建設するにあたっては、なるべく現地のものを積極的に採用するのだが、どうしても日本から持ち込む資材も出てきてしまう。それが現地との物価の違いで、10倍近くの価格になってしまうことがある。
「資材もそうですが、旅行予約の主流となりつつある、インターネットの予約システムなどへの投資価格なども納得してもらうのに時間がかかりました。国が変わると、いろいろと考え方や事情も異なるものですよね」
オーナーはインドネシア人。お互いが母国語でない英語での交渉は、無論、ひと筋縄ではいかなかった。
「オーナーとのリレーションは私の大事な仕事。時間はかかりましたが、ひとつひとつ丁寧に対応していきました」
過去、オーナーとの方向性にズレが生じ、うまく事ことが進まなかった施設もある。それらの経験から、オーナーとの関係の構築には、星野氏自身も手応えを感じられるようになってきたという。
国内視点も忘れず世界を見据える会社に
そして中国企業のオーナーと仕事をするようになり、学んだことも大きかった。
「日本人が持つ質素倹約を美徳とするワビサビ的感覚は、中国では通用しないことがあります。自社の規模を示すために、イベントや国際会議は派手にしないとダメだという考えもあるのが中国。一方で現在の日本は皆が将来に対する不安を抱えています。人口減少、世界でのプレゼンスの低下、母国衰退を予測し、不安に思っているんです。中国にそういう不安感はゼロ。『中国はもっとよくなるし、みんなが強くなるからプレゼンスもどんどん上がるはず。だったら早く行かなきゃ』と、どの企業も自分が先に手を出さないと損と考えています。だからリスクの取り方も大胆さも、日本とは全然違いますね。日本だけを見ていると、自分自身のマインドが硬直しがちになる。もっと世界の成長や積極性を見て、抱える課題を正しく評価していかなきゃいけない。私はそういう意味でも海外案件をどんどん進めていかないと、世界を俯瞰(ふかん)で見られる会社でなくなってしまうと感じています」
好調な業績といえども常に先手を打つことに心を砕く。
「日本の地方都市でやっていれば、強い、安泰かというと、私たちの世界はそう甘くはない。最近では世界の大手運営会社がどんどん日本の地方都市に進出しています。ザ・リッツ・カールトンは沖縄、京都に続き、日光にも来るという噂がある。軽井沢にもマリオットが進出しました。私たちは世界に出たら後発で、まだまだ弱小の運営会社です。でも後発ながらも、国内だけに甘んじることなく、国内と並行して海外に出ていかなければいけない。海外でも国内と同じだけの業績を出せるような力を早く持たなければというのが当面のチャレンジです」
と言いながらも、実際のところ、星野リゾートには開発会社やオーナーから声がかかっている。それらに関しては、社内の企画開発チームが検討に入っているという。
「私たちに運営を任せたいと言ってもらうためには、まず投資会社に興味を持ってもらう必要があります。そのためにもいろいろなカンファレンスに積極的に参加し、自分たちの運営ノウハウを説明しています」
いずれは米・西海岸へ星のや開業か!?
世界で勝負していくため、星野氏自身が矛先を向けている都市は、あの旬な企業発祥の地だ。
「新しいものが生まれる都市、サンフランシスコがあるカリフォルニアはひとつですね。西海岸の人たちはクリエイティブ。AirbnbもUberもある。ホテル業界やタクシー業界の反対も恐れず、ユーザー視点で企業が成り立つ許容を持つ都市ですよね」
そして経営者ではなく、星野佳路個人として挑むこともある。
「プライベートだと、私にはスキー以外ありません(笑)。今までは年間60日と、滑走日数にこだわって滑っていたのですが、もう同じスキー場にばかり行くのはやめました。世界中にあるスキー場は世界遺産の数より多いんですよ。死ぬまでにあといくつのスキー場で滑ることができるのか(笑)? とりあえずは南米で滑りたいですね。パタゴニアのロゴと同じ山が見えるなんて最高じゃないですか。世界中のスキー場制覇は無理だろうけど、それこそ死ぬまで続くチャレンジですね」
Yoshiharu Hoshino
1960年長野県軽井沢町生まれ。米コーネル大学ホテル経営大学院で経営学修士号を取得後、91年に、星野リゾート代表取締役社長へと就任。2017年春より、新たに旭川グランドホテルの運営を開始し、伊東温泉に「界 アンジン」を開業する。
*本記事の内容は17年2月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)