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2016.01.28

LDH 代表取締役社長 EXILE HIRO 五十嵐広行「エンタテインメントというファンタジーを支えるにはリアルをわかってなきゃいけない」

HIROこと五十嵐広行が、きわめてユニークな起業家であることは間違いない。LDH代表取締役社長でありながら、EXILEのリーダーでもあるHIROにはいくつもの顔がある。そのひとつひとつを解き明かしながら、LDHの成功の秘密に迫ってみたい。

HIRO

LDHは世界でも稀有な、ベンチャー企業だ。第一に、エンタテインメント業界における起業だったこと。第二に、起業したのがこの業界では基本的に「商品」とされるアーティスト自身だったこと。そして第三に、短期間で驚異の成長を遂げたこと。どのひとつをとっても比較し得るベンチャー企業は、今のところ存在しない。

起業家としてのHIRO

起業したのは2002年のことだ。当時のEXILEメンバー6人が50万円ずつ出し合って作った会社はエグザイルエンタテインメント。青山のビルに事務所を借りた、小さな会社だった。

エンタテインメント業界では、タレントやミュージシャンは、いわゆる芸能事務所に所属するのが普通だ。マネジメントやプロモーション、ライブやツアーなどの芸能活動に関する計画立案や運営は、原則、事務所の社員が行う。所属タレントはアーティスト活動に専念し、事務所がその他の業務を担当する分業制になっている。

事務所は所属タレントの才能を「売る」わけだ。そういう意味で、あまり気持ちのいい言葉ではないが、タレントは「商品」などと言われたりもする。

簡単に言えば、HIROは起業することで、この「売り手」と「商品」の垣根を取っ払った。それは事務所の管理から自由になることを意味したけれど、同時に保護を失うことでもある。すべての責任を、自分たちで背負うことでもあった。大きなリスクだったはずだ。なぜ、敢(あ)えてそのリスクを引き受けたのか。

「会社を作りたいとか、社長になりたいとか思ったわけじゃないんですよね。そういうことにはまったく興味がなかった。ただ、やってみたいことがたくさんあったから、それを紙に書き出して、いろんな人に見せてたんです。『俺、こういうことやりたいんですよ』って。

J Soul Brothersのデビューでお世話になったエイベックスの松浦(勝人)さんにも見ていただき、『それをやりたいなら自分たちで会社を作るしかないな』と言ってくれて、僕らが会社を作るきっかけをくれたんです。それで会社を作らせていただきました。リスクがたくさんあるのはわかっていたけれど、自分たちがやりたいこと、夢をかなえていくには、そうするのが一番だって思ったんです」

ベンチャー企業は、本質的にリスクテイカーだ。リスクを取ることで、新しいビジネスチャンスを獲得する。その意味でも彼の会社は、まさしくベンチャー企業だった。HIROがやりたかったのは、音楽業界の常識では考えられないことだった。

EXILEのリーダーとしてのHIRO

彼が「やりたかったこと」は、その後のEXILEの成長を見ればよくわかる。松浦さんが「それをやるには自分たちで会社を作るしかない」と言ったのは、普通の芸能事務所はとてもそんなことはやらせてくれないよ、という意味だろう。あまりにも、リスクが大きかったからだ。EXILEが世間の注目を集め始めていたとはいえ、そんなリスクを引き受ける芸能事務所は、おそらく存在しなかった。

EXILEは、ダンサーとボーカリストのユニットだ。彼ら以前の音楽業界での主役は、歌手と演奏者だった。バックダンサーという言葉もあるくらいで、ダンサーは歌手の後ろで踊る添え物的な存在だった。そのダンサーが、歌手とユニットを組んで音楽業界に勝負を賭けたのだ。

計算は何もなかった、と言う。とにかくいい音楽を作ること、それからライブで観客全員を心から楽しませること。それだけを考えて前に進んだ。

「音楽とライブ。シンプルに言うと、とにかくそこで一番になることを目指してました。当時はあまり余裕がないから、目の前にあることを、一所懸命やることしか考えられなかったんです。一番の基本は、『どうやってライブに来てくれた人たちを楽しませるか』じゃないですか。自分の時間とお金を使って、ライブに来てくれた人が、『行ってよかった』と思ってくれるかどうか。そこに、EXILEの存続はかかっていた。あとは、その基本と『俺たちは何をしたいか』ということのバランスを、どうやって上手く取るかですよね。そこから始めて、少しずつ経験を積み重ねていったんです」

社運を賭けてという言葉があるけれど、EXILEのライブはいつも文字どおりLDHの総力を投入したものになった。そこまでできたのも、LDHが彼らの会社だったからだろう。採算を度外視したステージの華麗さは、いつもファンの予想を上回った。
「発信するエンタテインメントに相当のインパクトがないと本物の感動は生まれないんです。だからいつもやれることを限界までやった。自分たちの持っているものを、何もかも使ってライブを確実に成功させるというのが、僕らの基本的な姿勢なんです。毎回初めてのことだらけで、ミスや失敗もたくさんあったけど、そのたびにそこから学びながら、ライブを進化させていったんです」

これは、少しあとの時代の話だけれど、例えばドームツアーのリハーサルは、東北地方のある本物のドームを借りて、本番と寸分違わぬセットを組んで行う。そのために、何百人というスタッフが何百台ものトラックを連ねて移動するのだ。莫大な費用がかかるはずだが、それがライブを成功させるためのHIROの意気込みなのだ。

わずか数年で、EXILEのライブはとにかく楽しいという評価が定着する。ファンは急増し、アルバムはミリオンセラーとなる。NHK紅白歌合戦に出場し、アリーナツアーを成功させ、発表する楽曲がことごとく音楽チャートの上位の常連になり……。EXILE第一章の黄金期が到来するのだが、それは長くは続かなかった。結成から5年、ボーカルの一翼を担っていたSHUNがソロ活動に専念するために脱退、ボーカルがATSUSHIひとりになってしまう。ふたりの男性ボーカルの存在がEXILEの絶大な人気を支えていただけに、大きな打撃だった。業界内では「EXILEはこれで終わった」という心ない声も、囁かれるくらいだった。

けれど、HIROはそのEXILE存続の危機を逆手に取る。
新しいボーカルを、公開オーディションで決めるという企画を打ち上げたのだ。

プロデューサーとしてのHIRO

「今の所属(タレント)の若い子たちにも言うんですけど、ピンチっていうのは、物事の見方のひとつでしかないんです。普通の人は、それをピンチと見るかもしれないけど、別の角度から見れば、違うものが見えるかもしれない。例えば、チームの中でメンバーの誰かが辞める。それまで上手くいっていればいるほど、他のメンバーはリアルな危機だと思いますよね。そういう時こそ、チームが一丸となれる時でもあるんです。火事場の馬鹿力じゃないけど、『やるぞ!』っていう目に見えない力が発揮される時でもある。だから、ピンチな時にも必ずどこかにチャンスはあるわけで、そこでへこたれさえしなければ、新しい何かを生み出すきっかけになる。実際、あの時もそうだった。SHUNちゃんが辞めただけでなくて、実はあの時のEXILEは他にいくつも危機を抱えていたんだけど、逆にそれでメンバーは一丸となって危機に立ち向かえたんです。そのパワーには計り知れない何かがありました」

危機を乗り越えるためにHIROが打ったひとつの手が、オーディションだった。ミリオンセラーのグループのボーカルを一般公募で選ぼうというのだ。それは、普通の男が、ある日突然スターになるという、ひとつの「ファンタジー」でもあった。
「エンタテインメントって夢を売る仕事じゃないですか。だけど、夢を売るという仕事そのものはリアルですよね。だから僕らは、リアルとファンタジーをきちんとわかってなきゃいけない。あの時の僕らのリアルは、ATSUSHIという天才と並んで歌えるだけの、才能あるボーカルを探さなきゃいけなかった。それを一般公募のオーディションで決めることで、一種のファンタジーにしたわけです。大きな賭けだったけど、その最終審査を武道館のステージでやることによって、エンタテインメントとして成功させる自信はありました。それは、今まで僕らが積み上げて来た、ライブでの経験があったから」

このオーディションには全国から1万人の応募があった。そのニュースは音楽誌だけでなく、新聞や雑誌の記事となり、EXILEの知名度は一般の大人たちの間にも広まっていく。さらにそのオーディションでTAKAHIROという今までのメンバーとは雰囲気の違うボーカルを見い出したことで、EXILEのファン層は一気に拡大する。

「すべてのピンチがチャンスとまでは思わないけど」と慎重な彼は言うけれど、HIROは見事に危機を回避するだけでなく、大きな飛躍をEXILEと、そしてLDHという会社にもたらしたのだった。

HIRO

LDH代表取締役社長としてのHIRO

「スピード感が全然違うんですよ、決裁までの。何をするにしても、全部自分たちで、その場で決められる。普通は社内で時間をかけて話し合うじゃないですか。だけど表に出る僕がその場で決断できるから、全部即決でやってこられた。まあ、失敗もたくさんあります。だけどそのかわり何でも素早くやれるから、そのスピード感でLDHは成長してきた。会社を大きくしたくて会社を作ったわけじゃないから、別に大きくならなくてもいいんです。ただ、会社の成長とともに、夢を実現するスピードがどんどん上がってる。自分たちの夢をかなえるための会社だから、そういう意味ではやってよかったなと思います」

EXILEは結成以来、大胆にそのカタチを変えてきた。デビュー当初は、ボーカル2人とパフォーマー4人の6人のユニットだった。それが5年後には7人になり、その3年後には14人に、さらにその5年後にはメンバーは19人にまで増えた。

人数を増やした当初は賛否両論だったが、今やそれを言う人はいない。カタチを変えるたびに、EXILEのライブの規模と迫力は増した。それぞれのメンバーの活動の幅も拡大している。

成功したアーティストがメンバーを大きく変え続けるなんて、音楽業界のそれまでの常識では考えられないことだった。

それができたのはやはり、社長であるHIRO自身がパフォーマーであり表現者であるということだ。グループのカタチを変えることについて、最もナーバスなのはメンバー自身だ。それは各メンバーの人生そのものに直結しかねない、極めて繊細な問題なのだ。彼が単なる経営者だったらこんなに簡単にはできなかったのではないか。すべて即決でやってきたと言うけれど、それはあくまでもメンバーの100%自発的な賛同を前提とした、会社としての決断だ。

グループの人数を増やすことに限らず、例えばボーカルを一般公募のオーディションで選ぶというようなアイデアも、押しつけにならないように十分に時間をかけて話し合い、メンバー全員が心から納得して協力できる体制を作ってから初めて実行に移している。

単にそうしたほうが物事がスムーズに進むから、という理由ではない。HIRO自身が表現者のひとりとして、メンバーの気持ちを理解し、それを何よりも大切にしているからだ。その信頼関係が醸成されているからこそ、メンバーは彼のビジョンを信じ、何をするにしても全員が一丸となって事に当たる。

「まあ、極端な言い方をするなら、僕らは野放しにしていただいたわけです。おかげで余計なことを考えずに、自分たちの夢をかなえることに、全身全霊で取り組める。夢をかなえるとか、自分がカッコいいと思うことをするとか、そういう時に、人は一番力を発揮できる。僕の社長としての重要な仕事は、そういう環境を、すべての所属のために整えることだと思っています。そのために人と人をつないで盛り上げて、それからひとりひとりとコミュニケーションを取るのが、僕の一番の役割なんです」

HIROがプロデュースするアーティストはもちろんのこと今、力をいれて取り組んでいるのは、「HiGH&LOW」のプロジェクトだ。深夜の時間帯に現在放映されているドラマをコアに、映画に漫画、ドームツアーまで連動させた、前代未聞のメディアミックス型の総合エンタテインメントだ。

HIRO

「深夜のドラマにしたのは、視聴率にとらわれることなく、考査などの事も考慮して、思いきり大がかりなことをやりたいから。LDHの総力を挙げたドラマなんです。もちろんEXILEのメンバーも三代目J Soul Brothersも、E-girlsも、劇団EXILEの役者たちも大勢出演しますし、何らかのカタチで関わります。ひとつひとつのキャラクターがスターになりつつある。TVドラマは、その中核という位置づけで、そこから大きくはみ出して、今の時代に可能な限りのメディアミックスの手法を連動させていきたいと思っています。それぞれのキャラクターの出演する映画を製作したり、すべて新曲のシングルが集まったようにオリジナルアルバムを作ったり、SNSをつなげたり、漫画を描いてもらったり、さらには今まで見たことのないようなエンタテインメントのドームツアーまでやります。これからも無数のスピンアウトが生まれていくだろうし、その勢いでHiGH&LOWの世界を爆発的に広げている最中なんです」

ここまで広範囲に広がったメディアミックスは、音楽業界の歴史でも初めての試みだ。このプロジェクトは、HIROの想いから生まれた。EXILEのメンバーをはじめ、所属アーティストの多くが、TVドラマや映画に出演するようになった。

基本的にアーティスト個人の活動に関して判断はそれぞれに任せているが、いろいろ経験をしているメンバーを見ているうちに、HIRO自身が、EXILE TRIBEらしさの出る作品を考えてみたいと思ったのだ。

「メンバーそれぞれが持っている才能や能力を、音楽とはまた別の世界で、もっとストレートに表現できる方法があるんじゃないかという発想から、このプロジェクトは生まれたんです」

アクションが多いのは、メンバーの身体能力を生かせるからだ。すごい運動神経の持ち主たちなので、番組を見たら驚くはずだとHIROは言う。

「こんなにアクションができたのかと。今までこういうカタチでメンバーの身体能力を見せる機会があまりなかったから、ファンの方たちにとってもすごく新鮮だと思います。それも僕ら発信だから見せられるわけで、自分たちで創造することで本当にたくさんの可能性を見い出すことができています。予算に関しても、とにかく見ている人たちに喜んでもらえるように、そこで躊躇(ちゅうちょ)したら、ライブと同じで人を感動させられない。だから、そこの部分は自分たちらしいやり方にこだわり、自分たちが培ってきたエンタテインメントのビジネスモデルで取り組んでます。クオリティーがあがればあがるほどメンバーのモチベーションが上がるし、ファンの方は喜んでくれる。そういう意味では、これはメンバーのモチベーションへの投資でもある。損して得を取るという表現が、この場合に適切かどうかわからないけど、やっぱりメンバーのモチベーションを上げることを、僕は何よりも優先させたい。なにしろ、それがすべての鍵だと思うから」

16年前、J Soul Brothersを結成するために、MATSUとÜSAとMAKIDAIの3人を誘った時も、HIROは同じことをした。

「ダンサーも、ボーカルやミュージシャンと同列のアーティストとして音楽業界で勝負ができるようにしたいんだ」

アンダーグラウンドのダンサーとして活躍していた彼らを、このひと言が動かし、現在のEXILEにいたる歴史が始まる。その3人が、この2015年限りでEXILEのパフォーマーを卒業する。16年はEXILEの第五章が幕を開ける。そしてまた、今までにはない新しいライブを見せてくれるはずだ。その絶えざる変化こそが、EXILEとLDHの成功の秘密なのだ。

もちろん、すべてが上手くいっているわけではない。LDHも生身の人間で構成される会社である以上は、修正すべき課題がないはずはない。その質問をHIROに投げかけると、即座に明確な答えが返ってきた。

「LDHが大きくなり、社員の人数も増えて、本当のLDHの想いとか、Love,Dream,Happinessという僕らが起業した時のテーマが薄まっているのを感じます。そこで、原点に回帰しようってことを15年の目標にしてきました。時間が経てば、そういう想いが強い人だけの集団ではなくなるかもしれないし、これだけの人数が集まれば、薄まるのはしょうがないと思うんですけど、自分がどこまでそういう想いを伝えていくのかも、自分の課題ですし、できるだけ同じ方向に向いていけるようにしっかりひとりひとりの、社員のみなさんの顔が見えるようにならないといけない。そこがなかなかできていないのが、今の一番の課題ですね」

HIROが抱えるのは、急激に成長する企業にしばしば見られる課題だ。さすがの彼も今のところは、課題を解決しかねているらしい。所属アーティストのモチベーションを上げることに関して、右に出る者のいない彼のことだ。いつか、妙策を生み出すに違いないけれど。

EXILE HIRO

1969年生まれ。90年ZOOでデビュー。99年J Soul Brothersを結成し、2001年EXILEと改名し再稼働。EXILEパフォーマー兼リーダーとして、また所属事務所LDHの代表取締役社長としてグループおよびスタッフを牽引し、EXILEを国民的エンタテインメントグループに押し上げる。13年をもってパフォーマーを勇退するも、引き続きリーダー兼プロデューサーとして新しいエンタテインメントの創造に向けて心血を注いでいる。著書に『ビビリ』。

*本記事の内容は15年12月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

TEXT=石川拓治

PHOTOGRAPH=Kei Ogata

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