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2024.07.21

今治のカリスマ漁師×全国の名シェフがコラボする、夢のオーベルジュ計画「虹吉」とは

夢の始まりは、ふたりの出会い。「美味しいものをつくりたい」「旨いものを食べたい」──その一心で共鳴した想いが今、オーベルジュへ発展しようとしている。【特集 オーベルジュの誘惑】

愛媛・今治の海

「魚のクオリティが日本一」とプロを唸らせる漁師

愛媛・今治のカリスマ漁師といわれる藤本純一氏。鯛やハモ、マナガツオなど白身を中心にした魚のクオリティは「日本一」とプロを唸らせ、現在300軒ほどの料理店と取引をし、新規の取引の場合は半年待ちという人気ぶりだ。「神経〆」という言葉が一般にも知られるようになって久しいが、藤本氏は言う。

「神経を破壊して血を抜き、臭みの発生や腐敗の進行を遅くする手法ですが、やり方さえ習得すれば一般の人でもできます。でも、釣る時に暴れた魚は乳酸が溜まり、それが臭みの原因になってしまうし、理屈はまだわかっていないものの、僕は旨味が薄くなると感じています」

藤本氏がカリスマといわれる理由は、まず潮の流れが速い来島海峡周辺の漁場で漁をし、時季の魚種を知り尽くしているということ。そして獲った魚を潮通しのいい場所につくった専用の生簀(いけす)で半日〜1日しっかり休ませ、ストレスのない健康な状態にしてから神経〆して出荷しているということ。

さらにすごいのは、取引先の料理店に必ず食べに行き、料理人の技術や嗜好も加味してその店が望む処理を施している。つまり、自分が獲った魚1尾1尾に責任を持って嫁がせているのだ。

漁に出る藤本氏
海で漁をしたのち、使わなくなった船を利用した生簀で魚を休ませ、魚1尾1尾の美味しさのピークを見極めて神経〆にし、取引先に出荷する藤本氏。漁業の概念を変える漁業界の革命児だ。

日本一の漁師と料理人たちの真剣勝負

「日本一の漁場の漁師であり、日本一目利きの魚屋だと思っています。そして藤本さんが〆た魚は旨味という点でも日本一。間違いなく僕の料理の味を引き上げ、料理人人生を変えてくれたのが藤本さんです」

そう話すのは、藤本氏の魚にぞっこんの凄腕シェフで、予約の取れないレストランの西麻布「蒼」の峯村康資氏だ。

食材に原価をかけられないビストロで働いていた頃、10年もの間鳴かず飛ばずの状態だった峯村シェフは、一度最高の食材で料理をつくってみたいと思い、漁師の藤本氏に電話をした。8年前のことだった。

「たどたどしい敬語で変な奴と思ったのですが、どんな料理をつくっているのか、実際に食べないと取引しないことにしているので、電話を切ったあと抜き打ちで峯村君のお店に食べに行ったんです。そうしたら旨くて」

当時は「蒼」と違うクラシカルなビストロ料理だったが、藤本氏は「この人なら僕の魚を活かしてくれる」と感じた。「ほかの料理人とは違う視点を持っているし、自分の背景とか技術を誇るというよりも、食材を理解してベストを尽くしたいという熱い想いで何度も愛媛に来てくれた。ある意味そのしつこさが楽しくて」

藤本氏は愛媛を訪ねてきた料理人には、あら汁や具だくさんの炊き込みごはんなど、獲れたての魚で朝ごはんをつくってもてなす。そして彼らに即興で「何か美味しいものをつくってみせて」と声をかける。それは漁師と料理人の勝負でもある。

「僕の魚を卸すか否かの判断基準は、単に『旨いかどうか』。魚の状態を見極め、味のバランスが決まっていればいい。手間暇かけた魚なので、美味しい料理にしてほしい」

峯村シェフは何度も藤本氏の元に通い、セッションに挑んだという。今ではいつも冗談を言い合う仲だが、ふたりはライバルでもあるのだ。

料理人の峯村康資氏(左)と、漁師の藤本純一氏(右)
Koji Minemura(左)
1985年長野県生まれ。バーテンダーから飲食業をスタートし、料理もつくれるようになりたいとフレンチ料理店で学んだのち渡伊。帰国後ビストロのシェフを10年務めたのち、2020年「蒼」のオーナーシェフとして独立。

Junichi Fujimoto(右)
1982年愛媛県今治で漁業を営む4代目。18歳で漁師になり、2010年鮮魚卸売会社、蛭子丸を設立。2021年『ゴ・エ・ミヨ2021』(日本版)にてテロワール賞を受賞。2023年松山市のスーパーマーケット内に鮮魚店を開業させた

美食のオーベルジュ、その名も「虹吉」

そして、このセッションが藤本氏の獲れたての魚を、凄腕シェフが料理するプロジェクト「オーベルジュ藤本」につながっていった。

「峯村君と会って2年くらい経った頃かな。峯村君だけじゃなく、僕を訪ねて来てくれる料理人が、僕の朝飯を『美味しい美味しい』って喜んで食べてくれる。だったら料理のプロがちゃんと準備をしてつくったら、『もっと美味しいものができるよね』『そういうレストランができたらいいよね』って」 

日本のトップ漁師とトップ料理人がコラボして美食の新境地を開くプロジェクト。こうして「ローカル水産ガストロノミー」が動きだした。そこで課題となったのがもう少し魚種を増やさなければということだ。

「藤本さんの魚は抜群に美味しいけれど、白身が中心。ひとつのコースにするにはエビ、蟹、雲丹なども必要。それをどこか遠くから持ってくるのではなく、愛媛にこだわりたい。チーム愛媛でやりたい」

藤本氏は、愛媛の他の漁場の若手漁師たちに自身のノウハウを惜しげもなく伝授。彼らが白甘鯛、貝類、赤雲丹などを送ってくれることになった。そこで尾道から今治を結ぶしまなみ海道が通る伯は方島(かたじま)にあるミシュラン一つ星の鮨店「赤吉」を間借りして、峯村氏をはじめとした、藤本氏が取引する凄腕シェフらを迎える間借りレストランを、月に数回企画することになった。

「最終的にはオーベルジュをつくりたい。だってせっかく最高の料理を食べたあと、ビジネスホテルでは余韻が楽しめないですよね。そして朝は、僕がつくった漁師飯を食べてほしい。チーム愛媛の施設ですから、愛媛の魅力を存分に味わってほしい」

こうして2024年4月、間借りレストラン「虹吉」がスタートした。第1回目のシェフはもちろん峯村氏だ。6席×2日間だけの特別なレストランは、当然のごとく好評を博した。

「やはり獲れたての魚は違います。ジャンルを超えて日本で一番旨い料理をつくれた、と初めて実感しました」

そう峯村シェフも自画自賛するできばえだった。藤本氏は未来を想像して言う。

「今後は農家さんとも協力して美味しい野菜をつくってもらうなど、魚だけでなくその他の食材も充実させていくプランが進んでいます。愛媛の漁師、農家を巻きこみ、行政の力も借りて日本が誇るオーベルジュをつくりたい。僕の強みは峯村君を筆頭に、日本のトップシェフたちを愛媛に呼ぶことができるということ。予約が取れないレストランのシェフが週替わり、月替わりで料理をつくるオーベルジュなんて、世界中探してもないでしょう?」

ワクワクするようなオーベルジュ、その名も「虹吉」は、2年後の実現を目指している。漁師と料理人の真剣勝負を間近で目撃したい。

「虹吉」のサイン
伯方島のミシュラン一つ星鮨店「赤吉」を間借りした、藤本氏の魚介と全国トップシェフのコラボレーションを楽しめる間借りレストラン「虹吉」。今後の開催予定及び予約はOMAKASEでチェック!

虹吉/Nijikichi
Instagram:@niji.kichi

【特集 オーベルジュの誘惑】

この記事はGOETHE 2024年8月号「総力特集:オーベルジュの誘惑」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら

TEXT=藤田実子

PHOTOGRAPH=太田隆生

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