2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
自然に生きる動植物の息吹を描いた「日々のスケッチ」
金沢城や兼六園にほど近い、加賀百万石の風情を残す住宅街に加賀友禅作家・柿本市郎さんの自宅兼仕事場はある。この環境が60年以上におよぶ彼の創作活動を支えてきた。
「加賀友禅の師は自然です。京友禅は図案柄が多いのに対し、加賀友禅は花鳥風月を描くのが特長。日々、散歩がてら兼六園あたりに出かけてスケッチをしています。地面に生えている草花を描かなければ本物にはならない。花屋の花では駄目なんです。若いころは、菊とか牡丹とか立派な花にひかれましたが、最近は名も知れぬ雑草に目がいきますね。雑草の秘められた強さ、美しさを友禅に描けないかと考えています」(柿本さん)
江戸時代中期、京友禅の創始者といわれる絵師の宮崎友禅斎が、その技術を伝えたことから始まったといわれる加賀友禅。柿本さんの仕事場にかけられていた訪問着は、まさに花鳥風月の美しさを感じさせる1枚。明るく輝く半月に、色とりどりの植物。着物の柄というより、写実性の高い絵画を見ているようだ。
「見た目の美しさだけでなく、そこにある生命を描く。加賀友禅の技術のひとつに『虫喰い』というものがありますが、これは植物の葉に虫が食べたようなあとをあえて表現すること。毎日のように目の前にある自然を描いていくと、そこにある変化にも気づきます。四季のある国に生まれてよかったなと思います」(柿本さん)
人間国宝の木村雨山に学び、昭和42年に加賀友禅作家として独立した柿本さん。その繊細かつ大胆な作風が高く評価され、数々の賞を受賞。80歳を超えた現在でも第一人者として活躍する。
「京友禅の場合、デザインを決める人、絵柄を描く人、色を入れる人がそれぞれ別々です。でも加賀友禅は、すべてひとりで行います。ひとりでデザインを考え、絵柄を描き、そして染める。色の配合も自分で決めます。だから二度と同じものはできませんし、作家の個性が強く反映されることになります」(柿本さん)
絵柄が繊細になれば、染めの作業も繊細になる。1枚の花びらのなかで色をぼかし、より立体的な美しさを表現するのも加賀友禅の特長。中田も染めに挑戦してみるが、なかなか思うようにはいかないようだ。
「うーん、どうしてもはみ出してしまいます。筆にどのくらい力をいれればいいか、染料をどのくらいのせればいいのか、その加減がうまくいきません」(中田)
「少しくらいはみ出してもいいんですよ。私の師匠でもある木村雨山先生の作品を見ると、色がはみ出したりもしていて、でもそれが植物の生命力を感じさせてくれる。私もその領域を目指しているのですが、まだまだ修行中です」(柿本さん)
自然を学び、自然を描く。名も知れぬ草花が散歩をするたびに姿を変える様子を見るのも楽しいとか。
「コンピューターが悪いとは言いませんが、そういった小さな変化を感じることは難しいんじゃないでしょうか。人がつくるからこその味わいのようなものが加賀友禅には息づいていると思います」(柿本さん)
1枚の絵画としても見事だ。だが人がそれをまとうことで、立体感が増し、風に吹かれたようなゆらぎも生まれる。その時、加賀友禅はより輝きを増すのだろう。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/