2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
古くから日本で伝承されてきた駿河竹千筋細工
かごやざる、箸など、日用品から農具まで、強くしなやかな竹は昔から日本の生活を支えてきた。
「竹細工は全国にあり、特に大分が有名です。そのなかで駿河竹千筋細工が特徴的なのは、とにかく細かいということ。他が竹を“編む”のに対して、ここでは“組み立てる”んです。農具から発展した他の竹細工と違って、駿河竹千筋細工は鈴虫を入れる虫かごから始まったので、そうなったと言われています」
そう説明してくれるのは、駿河竹千筋細工の伝統を受け継ぐ、みやび行燈(あんどん)製作所の杉山茂靖さん。その作品は高級ホテルなどにも採用され、工芸界でも高い評価を受けている若き竹細工職人だ。竹細工は現在世界でも注目を集めているが、中田英寿もこれまでも旅の中で、多くの竹細工の工房を訪ねてきた。それでも「三尺のなかに千本の竹の筋を通す」くらい細かいという駿河竹千筋細工の作品は、他とは異なる繊細さを持っているように思えた。
「竹細工の基本は竹ひごを作ることです。竹それぞれの特性を理解しながら皮をむき、厚さを揃え、なめらかな丸ひごを作っていく。駿河竹千筋細工では、そこに熱を加えて曲げていきます。難しいのは四角く曲げること。竹によって、季節によって、微妙に曲げ方が変わる。これができて一人前といえますが、僕も今だに緊張しながらやっています」(杉山さん)
工房には、虫かごや風鈴、会社名になっている行燈などさまざまな竹細工の作品が並んでいる。そのなかでもひときわ目を引くのが、虫かごをふたまわりほど大きくしたようなバッグだ。
「ここ数年、バッグが人気ですね。若い世代の方が多く買ってくれているようです。こういうバッグなら他の人が持っていないし、高級ブランド品に比べたら安いでしょうからね。竹のバッグは夏しか使えないという人もいますが、僕はそれでいいと思っているんですよ。季節を楽しむバッグがあっていいじゃないですか。それが日本らしさだし、竹細工を通してそういう伝統を伝えていければなと思っています」(杉山さん)
「竹細工なら修理しながらずっと使えますしね。それに使えば使うほど竹がいい色になっていきそう」(中田)
「そうなんですよ。竹細工のピークは10年後、20年後。すごくいい色に変わっていきます。世の中にはもっと強くて安い素材もたくさんあります。でもたまには不便なものもいいんじゃないですかね。最新の車より、クラシックカーのほうが楽しかったりするじゃないですか。夏しか使えない竹細工の不便さを楽しむのも粋なんじゃないでしょうか」(杉山さん)
昔ながらの技術を守りながら、時代にあわせて進化を遂げる。こういう職人がいてその魅力を発信し続けることができれば、駿河竹千筋細工の伝統は次世代へと受け継がれていくのではないだろうか。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。