身長172cm。野球選手として決して恵まれた体躯ではない。それにもかかわらず、なぜ阪神・近本光司選手は毎年活躍を続けられるのか? その秘密は、近本選手が編み出した思考術にあった。野球(スポーツ)だけではなく、仕事や勉強、 もっと言えば人生の礎になりうる、近本流思考術を記した『僕は白と黒の間で生きている。』から一部抜粋して紹介する。【その他の記事はこちら】

「見える未来より、見えない未来のほうがいい」
2025年8月19日、僕は日本の12球団であればどのチームとでも交渉ができる権利「国内FA権」を取得しました。登録日数で得ることができるこの権利は、長い間、コンスタントに結果を出してきた選手の証(あかし)でもあります。この国内FA権を取得する前年に、阪神タイガースとは1年契約を結んでいました。
ある程度の結果を残すことができていたこともあり、複数年契約ではなく、1年の契約で(国内FA権を取得したら)シーズン後にはFA権を行使して、阪神タイガース以外のチームに移籍するかもしれない、とメディアなどでも言われていました。実際のところ、あり得たと思います。1年契約の意図もそこにありました。そして実際にFA権を獲得した8月以降、この先の自分の野球人生をどうしていくか、ということを考える時間が増えました。
頭のなかにあったことを書き出してみると、こんな感じです。
(ポスティングをして)メジャーに挑戦する?
他の球団に行く?
阪神タイガースに残る?
じゃあいつまで野球をやりたいの?
自分はどんな野球をやりたいんだ?
家族はどういう状況? 妻は大変だろうか。
ファンは何を思う?
自分の人生とは?
環境を変えるとどうなるんだろう。
楽しいのかな。
挫折するだろうか……?
FA権は行使をすると次に権利を得るためにまた条件が設けられます。行使して、残ろうとも他のチームに行こうとも、再取得するのは順調にいって35歳。その次は39歳……そもそも僕はそこまでして野球をしたいの?
いろんな可能性を考えているなか、早々に答えが出たのは、セ・リーグの他球団への移籍についてです。これまで一緒に戦ってきたチームメイト、ファンのことを考えても、阪神タイガース以上のチームはない。そう思えていたから、その選択肢はありませんでした。じゃあ、パ・リーグは? そして、メジャー。アメリカへの挑戦は?
自分の人生を考えたとき「メジャーに行ってみたい」という思いはありました。きっとまた新しい勉強ができる。純粋に興味が湧きました。
ただ、つい答えに躓(つまず)くのが「そこまでして野球をやりたいのか?」という問い。
環境を変えることで新しい何かを得られる可能性はあります。ただ、うまくいかない可能性もある。苦しむ可能性もある。
どんな可能性もあるから、人は悩むんですね。
そして、どんな可能性があっても、それを楽しめるか、ポジティブに取り組めるか。僕にとってとても重要なポイントでした。
これまで阪神タイガースではそれができていました。ここまで書いてきたプロセス(インプット、アプローチ、アウトプット)が楽しい。野球が好き(いや、間違いなく好きなのですが)ということ以上に、そうした「考えること」にモチベーションがありました。
それが成立する条件には間違いなく「環境」がありました。例えば、家族の環境。家族の支えがあったからプロセスに邁進(まいしん)できた。メジャーに行くとなると単身です(僕の子どもも、自分なりに目標に向かっていますから、それを阻害することはできません。そのサポートをしてくれている妻も同じです)。その環境で、僕は野球を楽しめるのか。苦労を厭(いと)わずモチベーションを保てるのか。
――そこまでして野球がやりたいのか?
あくまで「環境」の一例で、決して家族が理由で今回の決断をしたわけではありません。環境を変える、といういわばストレスに、今の自分の持っている楽しみやモチベーションがどう変化するのか。その可能性の根本にはいつも「そこまでして野球がやりたいのか?」という問いがあったのです。
そして、僕は「宣言しないで残留をする」ということを決断しました。
「そこまでしても野球がやりたい」理由を突き詰めると、「見える未来より、見えない未来のほうがいい」と思ったのです。
現状維持は衰退なのか?
どういうことか。
もし、メジャーを選んでいたら、あるいは阪神タイガース以外のチームを選んでいたら。それは環境を変える、新しい挑戦です。それこそが未知で、難しい……そういうふうに捉えることもできます。
でも、いろんなことを自問自答した僕のなかで生まれた思いは、「新しい挑戦、新しい環境に身を置く、ということは、プレッシャーがあるだろうけれど、やることはシンプルになる。期待やプレッシャーをはねのけて、結果を残すことだけだ」。環境を変えたときの頑張り方、僕のやること、その未来は、はっきりと見えていたのです。
一方、タイガースに残ることは、未知でした。慣れた環境、変化がないなかで、年齢を重ねる。7年間、積み上げてきたもののなかで、さらに上積みをしていく。それってどういう未来になるんだろう。
あ、こっちのほうが楽しそう。
「決断」の瞬間でした。
この決断を、自分なりに思考を巡らせながら考えていたなかで、気づいたことに特に世の中で正解のように言われることは、一面しか捉えていないというものがありました。
そのひとつが、「現状維持は衰退」という考え方。
今ある自分をキープしようと思っていれば、必ずどんどん衰えてしまう。キープするためには、ちょっとでもいいから今より上、今より先を見据えて行動をしなければいけない。そんなニュアンスだと思います。
野球選手でわかりやすくたとえると、打率3割を毎年のように打っている選手は、3割から逆算して練習をしない。3割5分から逆算して練習し、ようやく実際に3割を打てる、といった具合です。
納得感のある考えでしたが、今回、いろいろ考えているうちに、「いやいや、現状維持ってそうとう大変だぞ。現状維持をしようと取り組むことも、決して間違いではないのでは……?」と思い始めました。
まったく違う考えなのに、どちらも、もっともらしく感じる。この矛盾、とても興味深いと思いませんか。

