あらゆる企業を巻きこみ、月を生活圏に! 月着陸・月面探査『ispace』
20年後、人気の旅行先は「月」になっているかもしれない。
「2040年代に、月面に1000人が定住し、年間1万人が訪れる都市が誕生するというのが私たちが描く未来像です。現在は’22年に月面着陸、’23年に月面探査を行う予定の『HAKUTO-R』プログラムを進めています」
そう語るのは、アイスペース取締役COOの中村貴裕さん。
同社が構想するのが、月に人間が住む都市「Moon Valley 2040」の世界観。この月面都市には、研究拠点はもちろん、観光拠点もできるのだという。
「具体的な旅行プランは業界でも議論が進んでいますが、片道3日、滞在4日ぐらいのイメージになります。移動中は外から見る地球が最大の観光資源。ほぼ真空に近い月面では、地球では見られないクリアな星空を堪能でき、6分の1の重力を利用したアクティビティも用意されると思います」
さらに、月は将来のハブ空港になる可能性も秘めている。火星に直行するよりも、いったん月でトランジットしてから火星に向かうほうが、コストを大幅に下げることができるそうだ。月面都市は、シンガポールのようなハブ都市として発展することになる。
日本モデルを構築し月面開発をリードする
アイスペースは、この月面都市を建設、維持するために必要な資材を運ぶ輸送サービスを確立する一方、月面で得られる資源、地形などのデータを政府系機関や民間企業に提供するビジネスを構想する。すでに進行中のHAKUTO-Rでは、収入源のひとつとして、企業から協賛金を得るパートナー事業も確立した。
パートナーには、非宇宙企業も名を連ね、例えば、三井住友海上は、月への輸送に対する保険商品を開発することを目指し、協業をしているという。
「海外の宇宙ベンチャーの投資元はベンチャーキャピタルがほとんどですが、日本の場合、民間企業、しかも非宇宙系企業が多いという特徴があります」
一般的に日本の宇宙開発は、米国や中国に比べると遅れをとっているといわれる。ミッションの進捗面では確かにそうだが、宇宙ビジネスという面では、独自の日本モデルを構築しつつあるのだ。
「私たちも参加している『月面産業ビジョン協議会』では、政学産の関係が非常にうまくいっており、産業界がリードする形で政策を提案できています。月面産業の分野では世界的にも珍しい、民間主導の体制ができつつあるといえるんです」
創業者である代表取締役CEOの袴田武史さんは、かつて航空宇宙工学を学ぶため米国へ留学。そこで日本の宇宙産業に足りないものを痛感した。
「実現できる技術はあっても、商業化する際に必要な資本と経営が足りない。確実に加速させるには、宇宙の資源を利用して、経済圏をつくることがキーになると考えました」
卒業後、コンサルファームに入社しコスト削減の知見を得た袴田CEOは、中村COOとともに、チームHAKUTOとしてGoogleがスポンサーになった月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加。レースは’18年に終了したが、HAKUTO-Rとして再スタートを切った時には、夢を応援してくれた企業が、ビジネスとして協賛するようになっていた。
そして現在、Moon Valley 2040の構想が起点となり、それを実現するアイスペースという企業に期待が集まっている。
月面都市には空気や水だけでなく、コンビニや居酒屋ができる可能性もある。規模は小さいが、地球と同じすべてのビジネスが必要になるかもしれない。
「水素などの新技術のサイクルを月面都市でテストし、地球で大規模運用することも可能になるかもしれません」(中村)
地球と月が、ひとつのエコシステムとして共存する未来が、確実に見えてきているのだ。
『ispace(アイスペース)』HISTORY
2010年 アイスペース創業
2017年 シリーズA で国内過去最高額となる101.5億円の資金調達を実施
2018年 民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」始動
2019年 2月に日本航空、三井住友海上、日本特殊陶業がHAKUTO-Rパートナーシップに参加。その後、複数企業が参加
2020年 シリーズB で35億円の資金調達を実施
2021年 「月面産業ビジョン-Planet6.0時代に向けて-」を日本政府に共同提案。シリーズCで50.7億円の資金調達を実施
※宇宙の最前線で活躍する仕事人の徹底取材を始め、生活に密着した宇宙への疑問や展望など、最新事情がよくわかる総力特集はゲーテ11月号にて!