今回は2022年11月18日公開の映画『ある男』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
職業・弁護士、妻子あり。順風満帆な男を惑わす、ある男の人生とは
皆さん! 唐突ですが、自分の人生をリセットし、総取っ替えしたいという思いにとらわれたこと、ありますよね! 私はあります! まず、小学5、6年、担任に嫌われ、顔色をうかがいながら過ごす日々。ヤンキーブームだった中学時代。“ろくでなしBLUES”の影響でヤンキーに憧れたものの、私のなかにいるもうひとりのまじめ滝藤が邪魔し、中途半端なことに。留年した高校2年。修学旅行に2回行ったなぁ。そして、俳優を目指すも、映画、ドラマのオファーはまったくなく小劇場に立ち続けた20代。同期や同世代が映像で躍動するのを悔し涙を流し地団駄を踏んで観ておりました。だって制服を着た高校生の役はもうできないんですよ! 甘酸っぱい恋愛物語、演じたかったなあ、と振り返ってみたもののリセットするほどでもないな……今が一番楽しいです。
今回ご紹介する平野啓一郎さんの同名小説を映画化した『ある男』は、自分の人生を捨て、別人として生きた男のお話。林業の仕事中、事故死した谷口大祐(窪田正孝)が死後、戸籍上の人物と別人だったことがわかり、妻(安藤サクラ)が身元調査を弁護士の城戸(妻夫木聡)に依頼する。城戸はXと名付けたその男の過去を探るなかで、自身のアイデンティティの揺らぎを自覚していきます。
不惑の年といったもんですね。城戸は順調な人生を歩んできて、仕事も好調。素敵な奥様と可愛い子供がいて瀟洒(しょうしゃ)なマンションに住んでいる。城戸さん、何を悩むことがある! 贅沢過ぎるだろう! と思いますが、順調に人生を歩んだ人が振り返るのが40代なのかもしれません。30代までは何も考えなくても漲(みなぎ)ってますからね。多少無理しても壊れない。40代はそうはいかないですよ。衰えを感じますから。違う不安が襲ってくる。
人には自力ではどうにもできない宿命を背負った人がいることを忘れてはいけない。こんな息が詰まるような重い題材を扱う作品ですが、自分大好き役の眞島秀和さんと、城戸の同僚役の小籔千豊さん、バーテンダーの芹澤興人君が安心感と笑いをもたらしてくれます。
『ある男』
2022年/日本
監督:石川慶
出演:妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝ほか
配給:松竹
2022年11月18日より全国公開
平野啓一郎による第70回読売文学賞受賞作を『愚行録』『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督が映画化。別人として生きた男と、その男の調査を依頼された在日韓国人三世の弁護士・城戸の物語。自分ではコントロールできない属性を負わされた人々への励ましが効いた作品。
Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2023年1月13日に初主演映画『ひみつのなっちゃん。』が公開予定。また正月スペシャルドラマとして『家電侍』(BS松竹東急)が放送される。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!