役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者のそして映画のプロたちの仕事はある! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!
息子からの一通の電話ではじまる壮大な物語
いつもと違う夏が終わりました。人でごった返した海でのんびり泳いで、と言うかつてあった当たり前の夏を懐かしく思い、バカンスを題材にした作品に心惹かれました。ただ、題名が『おもかげ』。このご時世のせいか、どうしてもヘビーな作品を避けてしまう私、滝藤。『おもかげ』……。そうか『おもかげ』……。二の足を踏んでおりました。
しかし、観始めたらなんのその。冒頭の10分間だけで舌を巻く面白さ。スペインの自宅で遊びに行こうとしている女性。その時、携帯に電話が。それは別れた夫と旅行中の6歳の息子から。父親がどこかへ行き、誰もいない海辺で独りぼっちだという。加えて息子の携帯はバッテリーが切れかけで、どこにいるのかもわからない。そんな切迫する空気のなか、電話口から、見知らぬ男が近づいてきたと息子の声が……。これがノーカットのワンシーン。母親とともに滝藤も発狂寸前に。設定の上手さに感心するとともに“これならリモートで撮影できるじゃないか!”と別の意味でも発狂寸前に。
それから10年。主人公のエレナは、スペインとの国境沿いのフランスのリゾート地のレストランで働いています。これが同じ女性かというくらい面変わりしていて、まるで別人。息子の消えた海辺に住み続ける彼女の姿が寡黙にして妖艶。マルタ・ニエトはこの演技でヴェネチア映画祭オリゾンティ部門の女優賞を受賞したそうですが、納得です。
そのエレナがバカンスに来たフランス人の男の子に息子の面影を見つけ、情愛なのか、恋なのか、とても絶妙な関係を築いていく。説明が少ない構成で謎が多いのに、どの人物の感情も共感でき、その演出が繊細で切ない。少年、ジャンを演じるジュール・ポリエはティモシー・シャラメを彷彿とさせます。あか抜けない可愛らしい容姿でありながら、どこかセクシーで清潔感があり、自分のそばに置いておきたくなるような癒やし系。
もうひとつの主役は刻一刻と表情を変えるヴュー=ブコー=レ=バンの海。いつかサン・セバスチャン国際映画祭に参加する機会を得たら訪ねたいです。
『おもかげ』
第91回アカデミー賞®短編実写映画賞にノミネートされた『Madre』をオープニングシーンとして採用。6歳の息子を失った女性エレナのその後を描く。撮影地はスペイン・フランス国境沿いのリゾート地、ヴュー=ブコー=レ=バン。実在するレストラン「キャプテン」もエレナが勤める店として登場する。
2019/スペイン、フランス
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュールほか
配給:ハピネット
10月23日より、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開