役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者のそして映画のプロたちの仕事はある! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!!
今、この作品に出合ったことに大きな意味があるのかもしれない
滝藤は基本、家庭と役者。それ以外のことにはたいして興味がなく、とてもシンプルな生活です。なので、政治のこともよくわかっておらず、恥ずかしながら国際情勢にも疎いです。そんな私が、この度『存在のない子供たち』という作品に出合い、とてつもない無力感に苛まれたのは言うまでもありません。キャストは全員、実際の難民ということもあり、彼らの芝居は表現というより、存在といったほうがいいのかもしれない。こんな演技を見せられたら、自分の芝居が嘘っぽく感じられ、恥ずかしくなるくらいです。
舞台はレバノンの首都・ベイルート。北から東にかけての隣国がシリアで、南側がイスラエル。紛争の頻発地帯なので、レバノンには移民が多いそうです。主人公のゼイン役を演じるゼイン・アル=ラフィーア自身もシリア難民。主人公は推定年齢12歳。朝から働き詰めで学校にも通えない。推定年齢11歳の妹が中年男と結婚させられそうな状況に必死に抵抗している。推定年齢……自分が生まれた年も月も日も知らない。身分証がないから存在がない。そこに間違いなく存在しているのに……。こんな悲しいことがあるだろうか。
妹の結婚を機にゼインは家出し、その先で、アフリカからの不法就労者で、乳飲み子を抱える女性に助けられます。その赤ちゃんが、すごいんです!まるで、ゼインと母親の会話がわかっているかのような絶妙な相槌と喃語で会話に分け入る。これは精巧に作られたAI搭載のロボットで突然踊りだすのではないかと思ってしまうほど。
そして、この子の母親が当局に連行され、12歳のゼインが1歳の子の育児に明け暮れることに……。そこに、赤ん坊を寄越したら金をやるぞと付け入ってくる大人。もはや、悲惨なことしか起きやしない。絶望しかありません。あまりの壮絶な光景に言葉を失いました。
「ゲーテ」の読者は社会貢献をされている方も多いと思います。日本という小さな国で、とても小さな成功を収めた私が、残りの人生でできること。何かしらの行動を起こす時が私に訪れたような気がします。
『存在のない子供たち』
レバノン在住の監督がベイルートの難民街、警察、少年院を訪ね、綿密なリサーチを経て制作。出生届が出されておらず、書類上ではどこにも存在していない子供たちのサバイバルの日々を迫力ある演出で描いた。主演のゼインはカンヌ国際映画祭などで高い評価を獲得。撮影時はシリアの内戦から逃れた難民だったが、出演後、ノルウェーに受け入れられた。
2018/レバノン、フランス
監督:ナディーン・ラバキー
出演:ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーアほか
配給:キノフィルムズ
シネスイッチ銀座ほか全国公開中