歴史ある名車の今と昔、自動車ブランド最新事情、今手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から"クルマの教養"を伝授する!
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』×フェラーリ「モンディアルTカブリオレ」
今も昔も、映画の中に登場するクルマは、度々、重要な役割を担ってきた。時には、主役でさえあったことも……。登場人物と共に、クルマが最高に輝いた映画作品を紹介しよう。
クルマ好きの憧れ「フェラーリ」。もはや説明が不要。誰もが知るイタリアを代表するスポーツカーメーカーだ。その気品に溢れるスタイルやレース活動をフィードバックした高い性能は、いつの時代も多くの人を魅了。それは映画の中でも同様で、数々の作品で、主役級の扱いや存在感を示してきた。しかし、今回紹介する作品は、誤解を恐れずに言うならば、フェラーリは脇役である。
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り(原題:SCENT OF A WOMAN)』は、アル・パチーノがアカデミー賞・主演男優賞を受賞した作品として有名だ。全盲の退役軍人を演じたアル・パチーノとガブリエル・アンウォーによるタンゴの名シーンはよく取り上げられるが、劇中のよきエッセンスとなるフェラーリについては、語られることが少ない。
同作品は、事故で視力を失い退役した元米軍中佐フランク(アル・パチーノ)と、奨学金を得て名門寄宿校に通う苦学生チャーリー(クリス・オドネル)との交流を描いたヒューマンドラマである。
名門校だけあって、チャーリーの同級生はおぼっちゃまばかり。しかし、実家が裕福ではない彼は学費と生活費を得るために、アルバイトに精を出す。同級生が贅沢なスキー旅行に出かける感謝祭の週末も、オレゴンにある実家への帰省する費用を稼がなくてはならない。そのアルバイトとは、感謝祭の週末、家族が旅行にでるため、一人で過ごす盲人の世話役。その盲人こそがフランクであった。
気難しく横柄な態度を取るフランクに戸惑うチャーリーだが、一人で家に残ると譲らないフランクを心配する家族の説得もあり、心優しい彼は、留守番のアルバイトを引き受ける。偏屈な男との退屈な留守番となるはずの週末は、フランクの秘密の計画によって一変。フランクとチャーリーは、ニューヨークへと旅立つことになるが……。
自身の計画を実現するため、チャーリーを旅の道ずれにするフランク。会話を通して、年齢も経験も全く異なる二人は、次第に友情を深めていくことになる。その劇中で、フランクは愛するものをふたつ挙げる。一つは「女性」。そして、もうひとつが「フェラーリ」だ。かつて優秀な軍人であったフランクは、生粋のプレイボーイ。経験は豊富で、女性の扱いも、手慣れたものである。その一方、純粋な憧れを示すのが、フェラーリだ。彼はフェラーリを所有したことどころか、乗ったこともない。しかし、僅かな会話の中にフェラーリへの愛が垣間見られる。
同作に登場するフェラーリは、「モンディアルTカブリオレ」だ。モンディアルは、4人乗りのミッドシップスポーツカーで、フェラーリの中では実用的なモデルである。1980年に、スイス・ジュネーブモーターショーでデビュー。ハードトップを備える「クーペ」と開閉可能なソフトトップのオープンカー「カブリオレ」を設定した。
幾度かの改良の後、'89年に送りだされたモンディアルTは、同モデルの最終進化系で、ミッドシップに収められたV8エンジンを、最新の3.4Lのものに換装しただけでなく、搭載向きを「横置き」から「縦置き」へと改めたことが大きな特徴。その狙いは、運動性能と操縦安定性にあった。
元々4座のフェラーリは、北米市場の要望で生まれたモデルであり、性能重視のフェラーリの中では、異端な存在といえる。事実、'93年のモンディアルTの生産終了と共に、4座モデルを、しばし封印。その復活は、2008年のパリ・サロンでお披露目された「カリフォルニア」まで待たなくてはならなかった。
このため、名車揃いのフェラーリの中でも決して人気が高いとはいえず、モンディアルも地味な存在として扱われてきた。作品中では、当時最新のキング・オブ・フェラーリといえる「テスタロッサ」も登場するが、「モンディアルTカブリオレ」がフォーカスされたのも、そのポジションを反映したと思われるシーンがある(撮影の都合上、オープンカーを使いたかったとの理由もあるだろうが……)。
しかし、この作品を見て、私は「モンディアルTカブリオレ」が大好きになった。落ち着きある佇まいは、ジェントルな紳士となったフランクに似合っていたし、かつてのプレイボーイが、初恋を叶えた少年のようにはしゃぐ姿は、クルマが人に与える喜びを、見事に描いている。
同作は、ヒューマンドラマとしても味があり、おススメである。ただクルマ好きには、ニューヨーク・ブルックリンを疾走するモンディアルTの雄姿を楽しんでほしいと思う。