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2024.07.03

村上春樹文学が人気の理由は、一人っ子が持つ「回避性」への共感だった!?

きょうだい(兄弟・姉妹)といつも比較されて育った。嫉妬や怒り、憧れをおぼえる。特別扱いされていると感じる。きょうだいのために我慢してきた……。少しでも当てはまると思ったあなたは、「きょうだいコンプレックス」を抱えているかもしれません! 精神科医、岡田尊司氏の『きょうだいコンプレックス』の一部を抜粋してご紹介します。

村上春樹作品に通底する一人っ子の「回避性」

『ノルウェイの森』や『海辺のカフカ』など、多くの傑作によって世界的な人気を誇る作家の村上春樹は、一人っ子として育った。

たとえば、若き日の村上自身が色濃く投影されていると思われる『ノルウェイの森』の主人公を特徴づけているのは、他者との心からのつながりを避けようとする傾向である。こうしたパーソナリティ上の特性は、精神医学では「回避性」と呼ばれる。

回避性は、他者と深く親密なつながりを避けるだけでなく、責任を負うことや傷つくことを避ける傾向としても現れる。これらは一見無関係のようで、実は密接に絡み合っている。他者と親密なつながりをもとうとすると、そこにはしがらみと呼ばれる責任が生じてしまうし、つながった存在を幸福にしようと懸命になればなるほど、失望や期待外れといった傷つく事態も避けられないからだ。

一人っ子に生まれた人は、自己完結した空想の世界を育む時間を、現実の他者とかかわる時間よりも多くもつ。一人の世界に慣れた人には、愛する存在さえも、心の底から打ち解けることが難しい存在であり、距離を置いた方が、安心して愛せるのである。

現実の生々しい存在は、あまりにも手に負えなく思え、傷つきやすい自分の世界を壊されてしまうのではないかと恐れるのである。

村上は、子どもをもたなかった理由として、インタビューで次のように述べている。「特にぼくみたいな仕事は、家の中でぎりぎりで仕事をしているでしょ。そうすると、子供がいるとやっていける自信がなくなってくる。わりにスタイルをきちっと規定してやっちゃうタイプなので、そこに新しいものが入り込んでくるのはなじめないですからね」

自分の世界を守ろうとすると、子どもは、歓迎されざるちんにゆうしやになってしまうのだろう。別のところで、村上は、作品が出来上がると、まず妻に読んでもらうと述べているが、子どもができてしまえば、妻のそうした役割も変質してしまうかもしれない。

村上はそのことを本能的に感じ取って、妻が母親になって、自分よりも優先する存在をもつことを望まなかったとも言えるだろう。

それは、自己完結した世界に生きることが当たり前である一人っ子らしいライフスタイルの選択だとも言えるだろう。

近年、回避的な特性を示す若者が、日本のみならず、世界的に増えていることが指摘されている。村上文学が広い支持を集めるのも、回避的な感性をもった主人公に共感する人が多いことが背景にあるのだろう。

一人っ子は自閉的なところを抱えやすい、現代的な境遇

一人っ子に見られる一つの不利な点は、人の中でもまれる体験が不足するため、他者との交流がやや不器用で、他人に対しても自分本位なかかわり方をしたり、かかわりが表面的で、親密な関係を避けたりすることである。

一言で言えば、自閉的なところを抱えやすいのである。

小さいときからきょうだいがいて、絶えずかかわりをもつことが当たり前の環境で育った子と、家にはもつれ合う相手もおらず、一人の世界で空想しながら遊ぶしかない子とでは、他者に対する感覚が異なったとしても無理からぬことである。

一人っ子で育つことは、きょうだいの多い環境で育つよりも、より現代的な境遇だと言えるだろう。

一人っ子の偉人としては、他に伊藤博文(政治家)、長岡半太郎(物理学者)、クリスチャン・アンデルセン(童話作家)、フランクリン・ルーズベルト(ニューディール政策で知られるアメリカ大統領)、ジャン=ポール・サルトル(哲学者)などがいる。

かつて一人っ子は珍しく、アンデルセンやサルトルのように、父親が早く亡くなってしまったため、下にきょうだいができなかったという事情もしばしば見られる。ミュージシャンのエルビス・プレスリーには双子の弟がいたが、生後間もなく亡くなったため、一人っ子として育った。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:きょうだいコンプレックス
岡田尊司

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