連載「オークションから読む高級時計の行方」の第10回は、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が所有していたパテック フィリップのRef.96 QLを取り上げる。
清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が愛用したパテック フィリップが出品
2023年3月16日、オークションハウスのフィリップスはバックス&ルッソと提携し、香港にあるフィリップスの新しいアジア本社のオープニングにおいて、清王朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀がかつて所有していたパテック フィリップの腕時計と、いくつかの工芸品を公開した。
フィリップス香港は、これらの逸品をお披露目し、3月18~31日まで展示。その後、ニューヨーク、シンガポール、ロンドン、台北、ジュネーブへの国際ツアーを行った。
愛新覚羅溥儀は、1946年8月に極東国際軍事裁判で証言。1950年に中国へ引き渡され、数年後に最終的に恩赦が与えられた。そして新中国の国民となり、文化歴史資料委員にも任命され、中国人民政治協商会議全国委員会委員も務めた。その後、1967年10月17日、北京にて61歳で病死。彼の生涯は後にドラマ化され、ベルナルド・ベルトルッチ監督によって映画『ラストエンペラー』(1987年)として公開されたことは、あまりにも有名だ。
各国を巡る国際ツアー後、Ref.96 QLは5月23日に香港でオークションにかけられた。落札された金額は4900万香港ドル/620万米ドル(日本円で約8億8880万円)。ちなみにこの金額はかつて皇帝が所有していた時計のなかで過去最高記録を更新した。
オークション会場には、溥儀が所有していたトリプルカレンダーとムーンフェイズが付いた大変珍しいタイプのプラチナ製のRef.96 QLのほかに、刻印入りの紙、原稿ノート、水彩画、孔子の『論語』の革表紙の印刷版がすべて展示され、歴史の注目すべき一章についての貴重な洞察が得られるものだった。
溥儀がこよなく愛したRef.96 QLは確かな来歴があり、アーカイブによると、1937年にフランスのリテーラー「ギラーミン」が購入したことがわかっている。しかし、これがどのようにして溥儀の手に渡ったのかは定かではない。
1945~1950年まで溥儀はソ連で捕虜として拘留されたのだが、この5年間、流暢な北京語を話すソ連の役人ゲオルギー・ペルミャコフが皇帝の通訳兼家庭教師を務めた。これらの遺物は溥儀からゲオルギー・ペルミャコフに渡されていたもので彼らの友情が感じられる逸品でもある。
香港の西九龍文化地区にあるフィリップスの新しいアジア本社で開催されたこの歴史的なイベントには、世界56ヵ国のコレクターが参加。セールルームはアジア各地からのコレクター、ジャーナリスト、時計愛好家で埋め尽くされ、記念すべきオークションの行方を見守った。
Ref.96 QLは、6分間の熱烈な入札の末、電話で香港在住のアジア系コレクターが落札。セールで提供された他の出品も優れた結果が達成された。
仮に溥儀が所有していなかったとしても、このRef.96 QLはまずお目にかかれない代物であり、これまで複雑機構を搭載したRef.96は8本しか確認されていないという。このように、“ラストエンペラー”が所有していた由緒あるRef.96 QLが、今後腕時計の歴史にその名を残す一本となることは言うまでもない。
■連載「オークションから読む高級時計の行方」...
新興の富裕層を巻き込み、かつてない白熱した落札が繰り広げられる時計オークション。本連載では、ジャンルは一切問わず、高級時計のトレンドを占う注目の時計をフォーカスする。