インターネットやSNSの普及からあらゆる時代の時計が簡単に入手できるようになった。そうはいったところで、パーツの整合性や真贋の問題が問われるヴィンテージウォッチの品定めは一筋縄ではいかない。この連載では、ヴィンテージの魅力を再考しながら、さまざまな角度から評価すべきポイントを解説していく。連載第1回は、ロレックス「コスモグラフ デイトナ」からRef.6263の初期モデルを紹介する。
希少なダイヤル&クロノグラフプッシャーを備えた手巻きデイトナ
昨今のヴィンテージウォッチの市場動向について、ヴィンテージロレックスの「コスモグラフ デイトナ」を抜きにして語ることは難しい。その奥深い世界の一端に触れてみたいと思う。
1963年発表のRef.6239から連なる「コスモグラフ デイトナ」のラインナップにおいて、ヴィンテージに該当するのは、手巻き式ムーブメントを搭載していた時代のモデルである。希少性のみならず、価格の高騰やバリエーションが非常に多いことから、コンプリートするのは極めて難しいと言わざるを得ない状況だが、それゆえに世界中のコレクターは終わりのない夢を追いかけることができるのかもしれない。
「コスモグラフ デイトナ」の進化におけるターニングポイントのひとつが、ねじ込み式のクロノグラフプッシャーの発明にあるのだが、このパーツが本格的に採用されたモデルが、Ref.6263と6265である(初採用は1965年のRef.6240から)。1969年から1980年代後半まで販売されたロングセラーだったことからディテールの変遷がある。
とりわけプレキシガラス製のベゼルを持つRef.6263は数ある手巻きデイトナの中でも特に人気が高い。1975年頃から販売された通称“ビッグデイトナ”と呼ばれる12時間積算計の上に赤字で「DAYTONA」と大きく表記されたモデルは、製造本数が多いことから手巻きデイトナを代表するアイコン的な存在として親しまれている。
ところが、同じRef.6263でも初期のモデルになると事情がだいぶ変わってくる。こちらで紹介する1971年に製造された個体は、文字盤にデイトナの名が一切記されていないことに加え、6時位置に「T SWISS T」の表記が入るマニアの間で“マーク1ダイヤル”と呼ばれる希少な文字盤を備えている。
年代に適したパーツとして第一にチェックすべきは、マーク1型と呼称されているグリップの溝がやや浅めのねじ込み式のクロノグラフプッシャーにある。この他にもベゼル、三角形のクロノグラフ針、サブダイヤルの太針など、見落としはならないポイントがいくつもある。
この個体に関して言えば、年々入手が困難になりつつあるRef.7835/271の巻き込み式のオイスターブレスレットが揃っていることも見逃せない。
パーツの整合性と同じようにコンディションの良し悪しも評価に大きく影響する。ヴィンテージウォッチの命であるダイヤルは、夜光の状態ひとつで価格が大きく異なってくる。磨き過ぎたケースは本来のフォルムを失ってしまうため、ここも必ず見ておきたい重要なポイントだ。
致命的な欠陥を持つ個体を選んでしまうと後々後悔することに繋がるので細心の注意が必要だが、こちらのRef.6263はあらゆる及第点をクリアしている優良な個体だと言えるだろう。
率直に言うと、それなりに状態が整った手巻きデイトナを手に入れるのは、たとえ識者であってもいささか骨が折れるだろうし、機能面やメンテナンス性については現代の時計の方が上回っていることは火を見るより明らかだろう。ただ、それらを補って余る魅力があるからこそ、手巻きデイトナはヴィンテージの世界で頂点に君臨し続けているのだ。
そして、どこのブランドよりもいち早くねじ込み式のクロノグラフプッシャーを採用したロレックスの功績は偉大であり、Ref.6263は洗練されたスタイリングとともに、防水クロノグラフとしての実力を世に知らしめた記念碑的な1本なのである。何十年もの間にわたってヴィンテージとして評価され続けている理由はそこにある。
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