2025年の「M-1グランプリ 2025」で敗者復活戦からファイナリストとなり、今やお茶の間を賑わし始めているコンビ芸人のカナメストーン。衣装からもそのセンスが滲み出ているが、実は筋金入りのファッション好き。そんなふたりが自身のファッション遍歴を綴ったスタイルブックを2026年9月に上梓した。前編では、服に750万円もの借金をつぎ込んだ理由から、ふたりが師と仰ぐ重要人物について掘り下げて行く。#後編

マセキ芸能社所属の漫才コンビ。1986年生まれの中学時代からの同級生、ボケ担当の山口誠(やまぐちまこと・奥)と、ツッコミ担当の零士(れいじ・手前)で2010年に結成。『M-1グランプリ2025』で敗者復活戦から勝ち上がり、ラストイヤーにして初めてファイナリストとなり、注目を集める。毎週土曜日更新のPodcast番組『カナメストーンのカナメちゃん村』に出演中。YouTubeチャンネル『しゃれこめカナメストーン』は、毎週金曜日夜9時に加えて不定期で更新中。初の全国ライブツアー「粉吹いてんのかよ」では、下積み時代を支えた思い出の地・新宿Fu-で、2026年9月に凱旋公演を果たした。
ファッションとお笑いの共通点
――舞台衣装からも薄々は感じていましたが、相当なファッション好きとのこと。しかも、モードではなくトラッド。おふたりのファッション好きをたどると、零士さんのお母さまに行き着くという。
零士「母に服選びで褒められたことで、“お洒落って褒められるんだ”と思えた経験が大きくて。地元・鹿嶋から東京へ遠足に行く、というだけなのに、水戸のデパートまで1時間半かけて、服選びに行ったりもしましたね」
山口「鹿嶋のサンキじゃないんだ」
零士「地元の服屋ね。サンキも行ったけど、東京に行くってなったら水戸なのよ。とにかく服選びってワクワクするものなんだ、っていうのを母から教えてもらいましたね」
山口「俺を含めてなんですが、鹿嶋の同級生たちは全員、零士を見て服に目覚めるんです」

零士「言い過ぎよ。全員なわけないだろ」
山口「そもそも、俺らは服をそんなに持ってないんで。せいぜい学校のジャージとかトレーニングウェアという。そこに零士ですよ。ラルフ ローレンのタートルネックにラルフ ローレンのカーディガンを合わせてくる。あと、ベージュのパンツね」
零士「チノパンのことかな」
山口「それに比べて、中学時代の俺らは服も同じようなスポーツウェアなら髪型も同じ。スポーツ刈りみたいな坊主なのに前髪だけ長かったりしてね。でも、そんななかで零士は、すでにちょっと束感のある感じで毛先を遊ばせてた。みんなで零士を目指してましたね」
――鹿嶋のファッションは零士さんが牽引していたんですね。
山口「モチロン」

ファッションでイキリたかった大学時代
――ファッション好きなおふたりは、一緒によく買い物にも行ったそうですが、現在のトラッドスタイルにたどり着くまで、いろいろな経験もされたと思います。
零士「今思えば自分たちがどんな傾向の服が好きなのかもよくわかってなくて、チョイスもブレブレだったと思います」
山口「タシカニ.何にもわかってなかったんで。本当、たくさん寄り道も失敗もしたよね」
零士「そうそう、大学の入学式の日に、俺らやらかしているんですよ」
山口「ナニッ.そうだっけ?」
零士「したでしょ、あなたも。山口は静岡の大学、俺が東京の大学と別々だったんですけど、入学式の日に偶然、まったく同じ失敗をしてたんですよ」
山口「それね。大学に入ったら、とにかくかますぞ、って感じでイキってて、入学式前にふたりで服の買い物に行ったんですよ」
零士「激しけりゃいい、目立てばいいという感じでね」
山口「紫の派手な民族柄のパンツをふたりで買ったんです。零士はピタピタの細いやつ。俺は結構太いやつ」
零士「入学式のあと、山口から電話かかってきて。入学式にあの民族柄のパンツはいていったらめっちゃ浮いた。絶対ヤベー奴って思われたって言うんで。“俺も俺も”って。口裏合わせたわけじゃなかったんですけど、俺も入学式で民族柄のパンツをはいて行ってたんで。“山口。どうしよう、俺たち友達できねーぞ”って(笑)」
山口「キビシイ」

人生の恩師、「原宿キャシディ」八木沢博幸さんとの出会い
――おふたりにとってのキーパーソンが、今は閉店してしまったトラッドの名店「原宿キャシディ」「キャシディホームグロウン」の店主だった八木沢博幸さんだそう。ファッション界でも有名な方ですが、おふたりはいつごろ出会われたんですか?
山口「芸歴2、3年目で出会ってると思いますね」
零士「当時、雑誌を読み漁って原宿のキャシディという店を見つけて訪れたのが最初。店長の八木沢さんとの出会いは衝撃的でした。もちろん見た目もお洒落でカッコいいんですが、知識が膨大でものすごい。わからないことは片っ端から質問しましたよ。とにかくこの人からすべてを吸収したいなと」
山口「キャシディに置いてある服が全部ツボだったんで」
零士「そう、全部かっけえから、もうここでしか服買わねーぞって」

――八木沢さんから学んだお洒落術ってあるんですか?
零士「話していくうちに見えてきたのが、八木沢さんはトラッドってものを軸にして、そこにいろいろな要素をミックスさせてたっていうメカニズムがわかりましたね」
山口「トラッドにミリタリーやアウトドアの要素を足すのがカッコいいんだっていうのを知りました。キャシディを訪れたことで、自分の好きなものが明確にわかったんです」
零士「だから、借金しちゃったんですよね。ふたりで750万も」
山口「キビシイ」
零士「1着買ったら、これと合わせたい、でもう1着。そうなると、またあれと合わせたい。と、買い込んでいくうちに、どんどん借金膨らんじゃって」
山口「タシカニ」
零士「まいっか、自分たちが売れりゃいいんでしょ、って考えて」
山口「八木沢さんご自身も“これは10回払いで買った”とか、言わなくていいことを教えてくれるんですよ(笑)」
――借金しても服を買うというスピリットも八木沢さんゆずりなんですね。
山口「モチロン」
零士「でも、八木沢さんの仕事に対する姿勢は本当にリスペクトしています。自分らもこうなりたいって思わせてくれる人。ブレない軸はあるけど、頑固ってわけじゃなくて柔軟性も持ち合わせてる。そのバランスが本当にかっこいいんです」
山口「タシカニ.あたたかく包み込んでくれるという感じで。なんか許してくれる」
零士「しかも、俺らよりも何千倍も何万倍も服のこと知ってるはずなのに、俺らの格好を見ても、“何それかっこいい”とか普通に言ってくれる。“いやいや、マジですか?”って」
山口「昔一度、零士が間違えて服に漂白剤をつけて洗っちゃって、少し色落ちしちゃったんですよ」
零士「そしたら八木沢さん、“何それ超かっこいい。俺もやろうかな”って言ってくれて。そんなのアリなんだって。普通に考えたら失敗じゃないですか。でも、見方を変えたら、失敗じゃないんだっていうのは、めちゃくちゃ学びになりました」
山口「失敗って、俺たちが勝手に決めているだけじゃんって」
零士「俺たちを“かっこいい”っていうのも多分、本心で言ってくれてるから、すっと入ってくる」
山口「八木沢さんってそういうところあるよね」
零士「だから、お笑いの姿勢にもめちゃくちゃ影響してますよ。俺ら漫才では絶対嘘つきたくないんです。つかみのエピソードなんて、設定を少し盛るくらいはいいはずなんですよ。でも、そこですらなんか嘘をつきたくない。喋ってて気持ち悪いんです。本当に思っていないことって伝わらないので」
――八木沢さんを通して、物事の本質を学んだわけですね。おふたりのコンビ形成にはなくてはならない人物。また、服を買うコミュニケーションを学びに変えているお二方も素敵だと思います。
零士「洋服を買いに行っているんですけど、本当は八木沢さんとおしゃべりしに行っている感覚ですよね」
山口「タシカニ.笑わせてくれることも多いし、実際、本当に面白い方なんです」

ファッションは完全なる自己投資
――実際に、おふたりで最大750万円もの借金をしてまでハマったファッションですが、それって散財でした? 投資でした?
零士「完全に自己投資だと思っています。まず好きな服を着て気分が上がれば、お笑いにもいい影響が出るので、シンプルかつダイレクトに返ってくる。そして、これはこじつけかもしれませんが、借金があるという事実が俺らの尻に火をつける。そのぶん、ぜってえ売れて返してやるっていうね。そのためにはまず面白いネタを書いてっていう思いは根底にずっとありましたし、今もありますね」
山口「まさにカウンターメンタリティ。鹿嶋育ちの我々がサッカーから学んできたやつね」
零士「わかる。マジでサッカー。俺たち、地元の鹿島アントラーズを幼少期から見ていて、ジーコの教えとか、勝者のメンタリティーとか、骨身に染み込んじゃってますから(笑)」
――コンビの舞台衣装も凝っているように見受けます。零士さんは、仕立てのオレンジブレザー&スラックス、山口さんは、エンジニアド ガーメンツのオリーブグリーンのセットアップ。ともにタイドアップされていて、見る人が見ると相当だなと一部で評判でした。
零士「衣装については、元々紺のブレザーを着ていたけど、オレンジに変えたんですよ。“零士は明るい色みが似合うよ”っていう周りの人の意見を取り入れた結果。自分でも気づかなかった一面ですね。だんだん似合ってきたっていう感覚もあります」
山口「零士は太陽。皆を照らすものだから」
零士「山口もこう言ってくれるし、“オレンジ似合うんじゃない?”とかも言われて、自分ひとりでは気づけないことに気づかされました。最初は半信半疑でしたけど、今やオレンジのジャケットを着たら、完全にスイッチが入って、“よっしゃ、いくぞ”と。ジャケットのパワーをすごく感じています」
山口「そう、“たい平オレンジ”のね」
零士「林家たい平師匠のオレンジってこと? ショッキングピンクとかエメラルドグリーンとかの並びに“たい平オレンジ”ってのがあるんだ。俺、笑点メンバーじゃないからね」
山口「じゃ、“零士オレンジ”を作っていこうか」
零士「自分色に染めるの? “たい平オレンジ”を“零士オレンジ”にって(笑)」
山口「こっからよ。こっから零士色にしていこう。むしろ色みで言ったら零士のほうがオレンジだからね」

零士「何、すごい熱くなっちゃって。そんなのいいのよ。たい平師匠を俺は尊敬してるし、立てていきたいから。たい平師匠とVSライブやってないのよ。オレンジの奪い合いで」
――ちょっと見てみたいですけど(笑)。
零士「見る方はね、そりゃそうでしょ(笑)。やるほうは……、何対決?」
山口「小噺対決かな」
零士「そりゃ負けちゃうよ。小噺ならたい平師匠が絶対強いだろ(笑)」
山口「キィヨォ」
――さて、ひと盛り上がりした零士さんのオレンジですが(笑)。それとは対照的に、山口さんのグリーンのセットアップもお似合いですよね。
山口「モチロン.八木沢さんに選んでもらったんです。まず零士のオレンジがバンと決まって、お、いいねってなるじゃないですか。さて自分ってなったときに、似合う色がわからないから八木沢さんに即相談ですよ。“零士オレンジ”を見せたら、オリーブグリーンのセットアップを一発回答。“これしかない”って」
零士「俺のカードで買ったっていうね(笑)。ただ、実際これが山口によく似合うんだ。補色っていうんですかね。八木沢さんってデザインも勉強されてた方だから色の知識も込みでアドバイスしてくれたと思うんです」
山口「ミリタリーウェアの色だからそもそも好きですし、零士のオレンジが、MA-1ジャケットの裏地みたいな色なので、その点でも相性バッチリで」
零士「当時は俺ら、そういう服の知識もなかったんで。八木沢さんには助けられっぱなしだな」
山口「この衣装のおかげで存在を覚えてもらえてるし、M-1の決勝にも行けたし。キビシイ!」
零士「最高!の意味のキビシイね。読者のみなさんに伝わらないって(笑)」

「0冊が普通」だからこそ、残したかった1冊
――そしていよいよ、零士さんのお母さま、八木沢さんに育てられたファッション好きなおふたりのこれまでが本になりました。
零士「本なんて人生で何冊も出せるものじゃない。むしろ出せない人のほうが多いと思う」
山口「0冊が普通だから(笑)」
零士「お話をいただいたときに、服が好きだし、やらない手はないでしょうと。記録として残るのもうれしかった」
山口「モチロン」
零士「何十年かあとに自分らで見返したときに、この時期はこの服着てたよな、とか、M-1決勝のあとすぐに買ったんだよなとか、自分たちの記録でもありますね」
山口「タシカニ」
零士「例えば、自分に家族ができたとして、子どもとか孫が見た時に、こんな写真撮ったの?とか盛り上がったりしたいな」
山口「ここまで作り込むとは思わなかったですね。これまでにないものを作りたいっていう気持ちが強かったんで、満足度は高いです」
零士「俺らの原点がつまっている本。楽しんでいただけたらうれしいです」
山口「キビシイ!(最高)」


