初の書籍『カナメストーンスタイルブック 無限服 2026』を上梓したカナメストーンのボケ担当の山口誠と、ツッコミ担当の零士。前編の、750万円もの借金をしてまで服を買ったファッションへの思いに続き、後編では16年間共同生活を続けるその深いコンビ愛や、M-1決勝時の思いなどにフォーカスしていく。#前編

M-1決勝で感じた、「やりきった」という手応え
――テレビやネット配信番組、YouTubeチャンネルで露出の機会が増えましたが、溢れ出るのは、コンビ愛ですよね。
零士「20年以上前に山口と中学で出会って仲良くなってから、ずっとこんな調子。何にも変わってない。なんなら一緒にお笑いやって、負けたり勝ったり負けたり負けたりみたいなのを繰り返しながら、それでも、関係性は深まっているんじゃないですかね」
山口「モチロン」
零士「言葉にするのは難しいんですが、俺らには田舎から一緒に出てきた“鹿嶋育ち”っていう感覚があって。それが、俺らに根付いているもの、俺らを形づくっているものなんです。地元が好きで、そこで過ごした時間が好き。その気持ちさえあれば、俺らは今後何があっても、崩れることはないっていう自信だけはあるんです」
山口「タシカニ.友だちなんで」
零士「友だちのままなんですよ。本当に」

マセキ芸能社所属の漫才コンビ。1986年生まれの中学時代からの同級生、ボケ担当の山口誠(やまぐちまこと・左)と、ツッコミ担当の零士(れいじ・右)で2010年に結成。『M-1グランプリ2025』で敗者復活戦から勝ち上がり、ラストイヤーにして初めてファイナリストとなり、注目を集める。毎週土曜日更新のPodcast番組『カナメストーンのカナメちゃん村』に出演中。YouTubeチャンネル『しゃれこめカナメストーン』は、毎週金曜日夜9時に加えて不定期で更新中。初の全国ライブツアー「粉吹いてんのかよ」では、下積み時代を支えた思い出の地・新宿Fu-で、2026年9月に凱旋公演を果たした。
――お互いが、それぞれのオンリーワンを見つけられたっていうことが奇跡なんですね。その甲斐あってか、結成15年目という『M-1グランプリ』出場資格最後の年にM-1ファイナリストにもなりました。ここまで続けてこれた要因はなんだと思いますか?
零士「ひたすら粘っただけだと思います、本当に。ラストイヤーでしたけど、準決勝段階では決勝に残れてませんから」
山口「俺たちが負けるはずない、嘘だろうって言いながら、ずっと挑戦し続けてきました。それでも、負け続けて、また負けた。俺ら最強のはずだったんじゃないのかって」
零士「嘘だ、信じないぞ。俺らが面白くないだなんて信じないぞ。みたいな気持ちはありましたね」
山口「そのまま、ついにラストイヤーを迎えてしまった。けど、負けたんだって」

――それでも、やっぱり敗者復活でその名前が呼ばれるまで信じ続けたてたわけですか?
零士「はい、結局ずっと信じてました。決勝に残れなかった時点では、ちょっと1回無理やり忘れようともしましたよ。芸人としてもっと大事なことがあるはずだ、だから、違う部分に目を向けて切り替えようって。ただ、敗者復活の舞台は残されていたので、楽しみながら、自分たちのエネルギーを100%ぶつける方向に考えを向けていったのが、いい結果につながったかなと思います」
山口「タシカニ」
零士「敗者復活の結果が出る前に、全国放送で自分らが好きなネタをあの出来でやり切れた時点で、俺はうれしかったんですよ。結果が出る前にすでにうれしくなっていた。だから、結果に関しては、“なるようになればいいや”ぐらいの感覚だったのも良かったかも」
山口「何がなんでも勝て勝て勝て、って気持ちではなかったよね」
零士「だって、俺らはやりきったし、お客さんはめっちゃ笑ってくれたし、これがウケるっていうのもなんとなくわかったから。結果が出たので、さらにうれしかったんですけどね。仮に結果が出てなかったとしても、やったな俺らって、満足していたと思います」
山口「モチロン」

売れても変わらない、湯がいた豚肉とレタス
――実際、お仕事も増えていると思いますが、お金の使い方は変わりましたか。
零士「変わりました。まず、買いたい服を買えるようになりました。本当は言いたくないんですけどね。ただ、後輩たちにも夢を与えたいので、あえて言います、売れたら服が買えるようになるよ、大丈夫だよって」
山口「借金も返せてますし(笑)」
――服の趣味は変わってないですか? 急に買うブランドが変わったとか?
零士「ないです、ないです。変わらないですね。山口ともよく話すんですよ。俺らってめっちゃお金持ちになったら、どうなるかなって」
山口「そう、もっと稼いだら車とか欲しくなるのかな、とか。もちろん、まだ全然そこまでたどり着けてはいないですけどね」
零士「で、今んとこまったく欲しくなってないんですよ(笑)」
山口「俺らって基本的に、湯がいた豚肉とレタスのポン酢あえ。それを、ずっと家で食ってきたんですよ」
零士「なんならM-1の決勝の日も、家出る前に食ってて」

山口「そう、何年も何年も食ってきた」
零士「4、5日前も、また山口が作ってくれたんですけどね。ちょっと待ってくれ、結局これが一番うまいわみたいな」
山口「これって変わんのかな、いや、たぶん変わんないと思うみたいな感じ」
零士「いや、いろんな美味しいもん食べたいですよ。地方に行かせてもらえることも増えたし、土地土地の名物とかを食いたい気持ちもありますけど、結局これがうまいな、ってところに落ち着きがち」
山口「なんなんだろう。普通にスーパーで買ってきた、別に高いお肉じゃないし、高級レタスでもないのに」
――「豚肉とレタスのポン酢和え」が、おふたりの原点を象徴しているようにも感じます。
零士「振り返ればあっという間でしたけどね。結果的に16年間、もがいてきた生活が続いたんで、こういう感覚って、たぶん一生取れないのかもな」
山口「タシカニ.16年って長いから。この生活が根付いちゃってる」
零士「毎日ライブだった生活から、ほかの仕事がいただけたり、今まで会えなかったような先輩たちにもお会いできるようになったりで。だからこそ、初心を忘れてはならないっていう気持ちもめっちゃ強くなっています。難しいって思う仕事もあるけど、結局、原点さえ忘れなければ、なんとかなるって思っています」

ルールを作らないこと。そして、ありがとう、ごめんねを言うこと。
――ここまでお話しいただいたなかで、これまでカナメストーンを知らなかった人も、絆の深さを感じると思うんです。やはりおふたりが一軒家「無限虫」で一つ屋根の下で暮らしているのも大きいと思います。共同生活がうまくいく秘訣ってあるんですか?
零士「マジであるんですよ。ルールを作らないこと。これは絶対。しかも、気づいた方がやるというルールすらもない」
山口「でも、いつの間にか気づいた方がやってるんです」
零士「あともう1個。ありがとう、ごめんねは絶対言う、ですね。思ってはいるんだよ、は通用しない」
――それ、まさに夫婦がうまくいく秘訣ですよ(笑)。
零士「ですよね(笑)。ってことは、人間と人間が生活するなら、それは正しいってことじゃないですか。どんなに仲が良かろうが、“伝わってるでしょう”はナシ。って俺、こんなにしゃべってますが、家のことは山口のほうが結構やってくれちゃってるんです(笑)」
山口「いやいや、俺が気づかないところを零士がやってくれてるんで、どっちが多いとか少ないとかは関係ないでしょう」
零士「例えば、山口がゴミ出しをしてくれたら、ありがとうって言うじゃないですか。じゃあ、そのぶん俺はマネージャーから来た連絡をまとめる役を今回は1個やっておくかって。それも勝手にですよ。ルールじゃない」
――ひとつやってもらったから、形でちゃんと返そうってことですね。
山口「それが共同生活なのかな」

死ぬ時もウケが取れるような芸人でありたいな
――今後どんなコンビで居続けたいですか。目標があれば教えてください。
零士「まさに今、いろいろな種類の仕事をさせていただいている最中で、とにかくチャレンジしていきたいと思ってます。通用するのかどうかも楽しみですし。そうやって続いていったとして、未来の俺らにマジで言いたいのは、忘れんなよ、俺らはただの茨城の田舎野郎なんだって、それを忘れたらやべーぞって。何にもない田舎だけど、楽しいことはなんとか自分たちで見つけて、ふたりで遊んできてここまできた、その原点を忘れるなと」
山口「忙しくなっていますけど、何があっても、このまま漫才だけはずっと続けていきたいんですよ。ずーっと“鹿嶋育ち”のマインドでね。このままおじいちゃんになった時にどうなんのかなって考えるのも楽しみで」
零士「面白いぞ。多分うまくしゃべれてなくて」
山口「本当、楽しみすぎる」
零士「ちょうど今、全国ライブをやらせてもらってる最中で。一発目の東京公演で、たぶんじじいになったらこういう漫才になるだろな、って感じのアドリブが出たんですよ。言葉じゃなくて、うぅぅとかあぁぁとか、うめき声だけになっていく(笑)。現実でも、そこまでやれたら理想的だなぁ」
山口「よく舞台上で死ぬって言いますけど、実際どうなんだろうってリアルに思えてきて」
零士「そうそう。それってウケるのかな(笑)。本当に舞台上で『死ぬ』とか言ってから本当に死んだら、どうなるのかな」
山口「舞台上で死んでウケたいな」
零士「死んでウケたい。死んでも笑ってもらえるような芸人になりたいですね」
山口「モチロン」


