パリ五輪の男子高飛び込みで銀メダルに輝いた玉井陸斗(17歳)が、早くも4年後に向けて動き出した。2024年8月30~9月1日に開催された日本選手権に出場し、2位に100点近い大差をつけて優勝。日本飛び込み史上初の五輪メダリストの肩書きにも重圧は感じていない。競技を楽しむという原点を忘れないことが、その強さの秘訣でもある。
決勝全選手のなかで最高点を叩きだした圧巻の演技
五輪のメダル獲得は日本飛び込み界の悲願だった。
1920年のアントワープ五輪で内田正練が初出場して以来、100年以上も阻まれ続けてきた壁を、17歳の玉井陸斗がパリ五輪で突破した。
「前回の東京五輪は出ることが目標だったが、今回はメダルを前提に準備をしてきた。五輪のメダルは今までにないぐらい重みがある。夢であり、憧れのものだったので、うれしい。すごく楽しかった」
歴史的快挙から約3週間後の日本選手権。日本飛び込み史上初の五輪メダリストとして大きな注目を浴びるなか、4本目の6245D(逆立ち後ろ宙返り2回2回半ひねり)で全選手最高の99.00点をマークするなど圧巻の演技で頂点に立った。
競技の発展を願う玉井にとって、注目度アップは何よりのエネルギー。「今までにないくらい観客が多かった。成長した姿を見てもらえたと思う。楽しかったです」と笑った。
五輪でも日本選手権でも「楽しかった」という言葉を繰り返したように「競技を楽しむこと」がモットー。パリ五輪の銀メダルも存分に楽しんだ結果だった。
決勝の入場時には指でハートを作ってカメラにアピールし、先を歩く他国選手に声をかけて手をつないで歩いた。6度のジャンプで争う演技と演技の間も、他国の選手と雑談するなどリラックス。準決勝後の取材エリアでも他国ライバルたちから次々と声を掛けられたり、ちょっかいを出されたりしていた。
緊張で本来の力を発揮できない選手も多いなか、パリのプールをホームのような雰囲気に変えて伸び伸びと演技。1~4本目はほぼ完璧なジャンプをそろえた。
しかし落とし穴は5本目、入水が乱れる大失敗のジャンプで30点台に低迷。4本目までの大量リードもあり、最終の6本目は2位と2.75点差の3位で迎えた。
命運を握るダイブは5255B(後ろ宙返り2回半2回半ひねりえび型)。「必殺技で相棒。目をつぶってもできる」と豪語する最も得意な技で、決勝全選手の最高点となる99.00点を叩きだし、2位に食いこんだ。
「楽しみ続ける」ことの先に見える金メダル
14歳で出場した2021年東京五輪では7位。初の世界舞台に戸惑った3年前の反省を生かし「楽しむこと」以外にも、最高のパフォーマンスを発揮できる状況を作りあげた。
参考にしたのは、6度の五輪出場を誇る寺内健さんのルーティン。演技間は体が固まらないよう歩き、他の選手とリラックスしながら談笑していたのは自分の世界に入りこみ過ぎないためだった。
自身の演技の10人前の選手が飛んだら準備を開始し、8人前にジェットバスに入り心を整理。約3時間の休憩を挟み同日に実施される準決勝、決勝の間のスケジュールは分単位で管理した。
2023年の世界選手権は、古傷の腰痛を再発して決勝を途中棄権。その後は腰の負担を減らすフォームの改善に取り組む。従来は身体能力に頼って回転していたが、腕の振り上げ方や足の使い方など技術を重視。体の負担が分散され練習で追いこんでも故障しなくなった。
2028年に行われるロサンゼルス五輪は21歳で迎える。まだまだ伸び盛り。銀メダル獲得から約30分後のメダリスト会見で、玉井は「金メダルを獲れる位置にいる。次は獲ります」と早くも4年後に視線を向けた。
連覇した中国の曹縁とは39.85点差。大失敗した5本目さえまとめていれば頂点に手が届いていた。金メダルという宿題を残したことは、モチベーション維持の観点からプラスに働くことは間違いない。
好きな言葉は「勇気は一瞬、後悔は一生」。
高さ10m台からの踏み切りから入水は2秒弱。一瞬で勝負が決まる演技前にこの言葉を思い出すという。一瞬の勇気を積み重ねて、競技を楽しんだ先に、ロサンゼルスでの黄金の輝きが待っている。
玉井陸斗/Rikuto Tamai
2006年9月11日兵庫県生まれ。小学1年から競技を始める。2019年4月の日本室内選手権でシニアデビューし、史上最年少12歳7ヵ月10日で制覇。同9月の日本選手権も史上最年少で制した。2021年東京五輪は7位で、日本勢21年ぶりの入賞。2022年世界選手権は銀メダルに輝き、日本勢初の表彰台に立った。好きな食べ物は牛タン。神戸・須磨学園高校に在学中。身長1m60cm。