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2022.07.23

87歳・倉本 聰は、なぜ60年以上も書き続けられるのか?【独占インタビュー】

『前略おふくろ様』や『北の国から』など、人々の心に残る名作を生みだしてきた脚本家、倉本聰。80歳を過ぎて『やすらぎの郷』や『やすらぎの刻~道』を手がけただけでなく、87歳の現在も”新作”に挑んでいる。北海道・富良野に倉本を訪ねた目的は、たったひとつだ。なぜ60年以上も書き続けられるのか。それが知りたかった。

倉本 聰氏

文明社会では時間が金銭として換算される

富良野市街から少し離れた森の中に、倉本聰の仕事場がある。天井が高い丸太造り。目の前に木々の緑が広がる大きな窓。富良野塾を開いていた頃からのアトリエである。執筆や点描画の制作、そして客人と向き合うのもこの場所だ。

「富良野に移住したのは42歳の頃なんです。そこからもう一度人生が始まっちゃった。自分の身体の中のエネルギーを使う生活がね。それまでは頭で生きてたというか、都会人の感覚でしたから。

ところが、こっちに来たら全然違うことがわかった。都会の生活って全部、何かの代替エネルギーで暮らしてるよね。でも、ここでは自分のエネルギーで暮らすしかない。しかも、知識なんて全然役に立たないことを思い知った。知恵で生きないとダメだって」

倉本 聰氏

1981年から20年以上も続いた、代表作『北の国から』。主人公の黒板五郎(田中邦衛)一家が、廃屋で暮らし始めた第1話を思いだす。確か、五郎のモチーフはロビンソン・クルーソーだったはずだ。

「このアトリエに入ってくる時、通った林道があるでしょ? 移住当時はまったく整備されてなくて、でっかい岩が路面にはみだしてたんです。いつもクルマの片輪が乗り上がるんで、移動したい。でも、自分の力じゃどうにもならない。その時、近所の農家の青年に『あの岩を動かしたいんだけど、あなただったらどうする?』って聞いてみた。

そしたらね、『やらねばならんなら、やるよ』って言うんだ。

アトリエから風のガーデンなど近場での移動

数年前に免許は返納した。アトリエから風のガーデンなど近場での移動は、愛車(?)のカートにて。愛犬・セイノを助手席に乗せ、結構なスピードで森の中を駆け抜ける。「セイノ」は女優の清野菜名さんより。

『どうやって? 道具も重機も何もないんだけど』って心配したら、『剣先のスコップを持ってきて、岩の回りを掘る』と。ぐるっと掘って、岩をむきだしにする。次に丸太をテコにして、じわじわと四方から浮かしていく。『丹念にそれをやったら、1日に3㎝ぐらい動くんでないかい? 30日(1ヵ月)もやったら1mは動く』って当たり前のように言われた。

これにはひれ伏しちゃったね。つまり、僕らの感覚では1日に3㎝ってのは動かないって範疇(はんちゅう)ですよ。でも、1日3㎝とはいえ、確かに動くんだ。文明社会のなかでは、時間が金銭として換算されちゃってるよね。そういう考え方はもうやめようと思った」

知識ではなく知恵によって生みだすことが「創る」こと

倉本はこれまでも今も、毎日必ず原稿用紙に向かっている。まさに1日3㎝の積み重ねによって、長い連続ドラマもできあがっていくのだ。倉本にとって、書くことは日々を生きることと同義かもしれない。

「書くというより、創るということをしてるんだろうね。『創作』という言葉があるじゃないですか。創と作、両方とも『つくる』でしょ? でも、意味が違うんですよ。『作』の『つくる』ってのはね、知識と金を使って、前例に倣(なら)って行うことです。

それに対して、『創』のほうの『つくる』は、前例がないものを、知識じゃなくて知恵によって生みだすことを指す。この『創』の仕事をしてるとね、楽しいわけですよ。でも、多くの人は『作』をやってる。特に都会のビジネスマンは、ほとんど『作』の仕事をさせられてるじゃないですか。だから、ストレスが溜まるんだと思う。

極細のペン

執筆は200字詰めの原稿用紙に、極細のペンで。

全部『創』の仕事にしちゃうとね、苦しくもなんともない。肉体的にはハードだけど、寝て起きりゃ直る。でも、『作』ばっかりだと精神的によくない。仕事は、意識して『創』のほうに寄せてくといいんです」

「作る」ではなく、「創る」こと。その姿勢はどんな職業の人間にも有効だし、自分なりの応用ができそうだ。

「創るということは生きることだけど、遊んでいないと創れない。同時に、創るということは狂うことだと思う。だから、『創るということは遊ぶということ』『創るということは狂うということ』『創るということは生きるということ』というのが僕の3大哲学ですね」

「遊ぶ」にしろ、「狂う」にしろ、倉本だからこそ到達した境地だと言える。「もう少し説明してもらえますか」とお願いしてみた。

「僕の言う『遊ぶ』ってのは、楽しむことだよね。自分が楽しむ。実はね、今、全11回の連続ドラマの新作を書いてるんですよ。放送の予定も、何もないシナリオです。それを、僕はすごく楽しんで書いている。シノプシス(粗筋)の段階で何度も書き直して、でもその都度、内容は螺旋状の進み方でよくなっていく。楽しんでいないと、そんなアウフヘーベン(高い次元への進化)は起きないですよ。

それから、『狂う』ってのは、熱中するってことでしょうね。今は書籍なんかで使うと、すぐ差別用語だって削られちゃうけど、意味合いとしては熱中するということ、もっと言えば熱狂することだと思う」

本当に死にたくなった。鬱がひどかった時期

これまで何十年間も、倉本は膨大な数の作品を書いてきた。だが、時には筆が進まないこともあったのではないか。

「ありますよ。何度か鬱にもなったしね。特に富良野に来てからのある時期がひどかった。毎晩、自殺したくて仕方なかった。そんな時、中島みゆきが新しいアルバムのパイロット版を送ってくれたの。それが『生きていてもいいですか』。『異国』とか、『うらみ・ます』とか、名曲揃いのアルバムで、最高傑作だと思うんだけど、とにかく暗い(笑)。夜、ひとりで酒を飲みながら聴いてたら本当に死にたくなった。

執筆時にたくお香

執筆時にたくお香は松栄堂の「芳輪(ほうりん)」。

ちょうど冬場でね、表はマイナス28℃とか30℃とかだったから、睡眠薬飲んで、ジープの中に入って寝ちゃえば死ねるなと思った。で、うちの玄関って二重扉になってて、風除室があるんだけど、そこで犬飼ってたわけ、北海道犬を。ヤマグチという名前の犬で、山口百恵ちゃんから取って。そのヤマグチが、外に出ようとする僕の上着の端を咥えて、引っ張るんですよ。なんか異様な顔して。それで僕、ハッと我に返った。つまり、山口百恵という生き神と、中島みゆきという死に神が綱引きした結果、何とか生き延びたってわけです(笑)。

それで精神科医の診断を受けたらね、『この季節になると毎年、鬱が出ますよ』と言われた。ところが、春になったらストンとなくなったの。翌年も出なかった。その理由だけどね、ここの自然が僕の入植を許してくれた、受け入れてくれたんだなと思った。無理に抵抗するんじゃなくて、自分を投げだすというか、自然に身を委ねたのがよかったのかもしれない」

灰皿

常にタバコを手放さない愛煙家で、灰皿はJTにリクエストして作ってもらった限定10個の倉本オリジナル。

そんな倉本も世の中に対して腹を立てたり、憤ったりすることは少なくないはずだ。以前、怒りが書くためのエネルギーになるとも語っていた。

「怒りをエネルギーにするんだけど、書くというのは非常に冷静な作業ですからね。怒ったままじゃ書けない。だから、怒りを一度心の中に落としこむ。自分を抑えてクールダウンする。僕の場合、そんな『間(ま)』を入れる方法がタバコでしょうね。

点描画

ライフワークとして十数年、北海道・富良野の森の樹々や生き物を点描画で描いてきた。

本質的な気分転換をするには、それぞれのやり方があると思うんだ。でもね、タバコが流行ってた時代のほうが、今よりも平和だったんじゃないか。タバコがなくなってから、みんなイラつき始めたんじゃないかって気がしてしょうがない。

昔もね、煙が迷惑な人もいたでしょうけど、迷惑ってことを言い広げたのは医者なのね。そんなことを皆に気づかせなければ、今みたいな忌避反応は起きなかったはずで、社会を住みにくくしたのは医者だよね(笑)」

創造の原点は、想像によって別世界へ入ること

今も脚本を書くこと自体が最高の楽しみであり、熱中できることだと言う倉本。その「原点」はどこにあるのだろう。

「想像することでしょうね。想像は自由ですから。あのオードリー・ヘプバーンが遊びにきて、富良野を案内してるとか。今、マリリン・モンローがそこから入ってきたらどうなるんだろうとか。まあ、僕にとってのミューズ(女神)だから登場人物が一時代古いんだけど(笑)。かなり飛びますよ、僕の想像は。これって眠ってる時の夢じゃなくて、目が覚めてる時の想像です。実は想像癖っていうのがガキの時からあって、常に想像を巡らせてる。

繊細なタッチ

繊細なタッチからは、森に生きる命たちの息づかいが聞こえてくるよう。シナリオ集の装画などにも多数使用されている。

戦時中の空襲の時、防空壕で、怖いわけよ。ズドンズドンってそこらに爆弾が落ちてくるわけだから。その時親父だったか、おふくろだったか、僕に空襲の怖い音なんか聞かないで『別のことを考えなさい』って言ったんだよね。あれが元なのかもしれない。息子を楽にしてあげたいと思ったんだろうな、きっと。

学童疎開の時も、先生に言われた気がする。腹が減ったとか、田舎の子たちが意地悪だとかじゃなくて、他のこと考えろって。例えば、海で泳いでる時の楽しさ。『お前は昨日まで15mしか泳げなかったんだけど、今日はほら、20mも泳げた。もうちょっと頑張ると25mだ』って。そんなふうに集中してると、すっと想像が湧いてくる。あっちの世界に入っていく。

倉本 聰氏

この想像によって別の世界に入っていくってことが、僕の創作の原点なんじゃないだろうか。想像と創作は、きっと死ぬまでやめられませんね」

 

倉本聰の3つの信条

1. 1日3cm、1ヵ月で1m。毎日ゆっくりでも続けること

「地面に埋まった大きな岩も、時間をかければ少しずつ動かすことができる。創作も同じで毎日机に向かって書くことが大事です。1日休めば、回復に3日かかってしまいます」

2. 怒りはエネルギーだがクールダウンすることが必要

「怒りは創作のエネルギーになる。ただし書くことは非常に冷静な作業で、怒ったままでは書けません。だから怒りを一度心の中に落としこむ。自分を抑えてクールダウンします」

3. 常に想像を巡らせる。それこそが創作の原点。

「子供の頃から想像癖があり、常に想像を巡らせています。集中していると、すっと想像が湧いてくる。自由な想像によって別の世界に入っていくことが僕の創作の原点です」

 

Sou Kuramoto

Sou Kuramoto
1935年東京生まれ。脚本家・劇作家・演出家。東京大学文学部美学科卒業。’59年ニッポン放送入社。’63年退社後、シナリオ作家として独立。’77年北海道・富良野に移住。主な作品に『赤ひげ』『前略おふくろ様』『北の国から』『駅 STATION』『昨日、悲別で』『優しい時間』『風のガーデン』『やすらぎの郷』ほか。

 

『破れ星、流れた』

『破れ星、流れた』
倉本聰 幻冬舎刊 ¥1,980
姑息でナイーヴで、負けん気の強い少年が、切ないまでの家族の愛情を受けて、昭和の時代を逞しく生き抜いた。ニッポン放送を退社し、「倉本聰」になるまでを情感たっぷりに綴る、涙と笑いの自伝。

TEXT=碓井広義

PHOTOGRAPH=池田直俊

COOPERATION=新富良野プリンスホテル

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