PERSON

2022.02.11

羽生結弦「理想とする自己像に近づくため、努力を惜しまない」

ゲーテ人気企画「自己投資」。更なる高みを目指す羽生結弦選手の「誰からも追随されないような“羽生結弦”になりたい」というこの言葉には、自己投資の本質が表現されている。自己投資とは、昨日よりも今日、今日よりも明日、自分自身のアップグレードを意識すること。羽生選手の言葉、発言に、嘘のない厳しい練習、そして世界を魅了する姿と結果がそれを証明している。【2020年2月号の掲載記事を再編】

羽生結弦氏

羽生こそが自己投資の王者である

自分自身の能力なり、人間的な成長のために、投資をすること──。自己投資を端的に解釈すれば、一般にはそのような意味として捉えられる。

よりよい自分を目指し、例えば何らかの技術を習得する、技能を学ぶ。自己投資として、推奨されるものは少なくない。

ただ、そこには落とし穴がある。自己投資が目的になることだ。本来、自己投資は、実現したい未来の自分のための手段でしかない。なのにいつしか、すり替わってしまうのだ。技能を身につけたことで満足し、それを自身のためにどう活かすかは置き去りにされる。

では自己投資の成功者はどのような人間なのか。そう考えた時、浮かんでくるひとりの人物がいる。フィギュアスケートの羽生結弦である。

その輝かしいキャリアは言うまでもないだろう。オリンピック連覇をはじめ、フィギュアスケートの歴史に永遠に名を刻まれる結果を残してきた。

今なお、その歩みが止まることはない。今シーズン(2019年〜2020年)も、世界のトップスケーターが集うグランプリシリーズの2大会に出場し、どちらも他を圧する高得点で優勝を果たした。

成績ばかりではない。昨シーズンまでより、高いレベルの内容の演技をこなしているのだ。スポーツの世界ではしばしば「燃え尽き症候群」という言葉が用いられる。目標を達成するなどして、意欲を失う現象だ。

でも羽生は、オリンピック連覇という偉業を達成したにもかかわらず、燃え尽きることなど、無縁のようだ。

驚くべき進化を支える原動力は何なのか。

今シーズン(2019年〜2020年)、ある大会を終えた後の言葉にヒントがある。それは観客を熱狂の渦に巻きこむ素晴らしい演技を成し遂げた後だ。

「まだ20点、30点くらいだと思います」

羽生の自己評価は、意外なほど低かった。

だがそれが初めてではない。これまでも完璧な演技をしても、課題をあげ、「もっと練習をしなければ」と語ったことが何度もある。

理想とする自己像は果てしなく高い。いや、理想に近づけばさらに理想を高く吊り上げていく。どれだけよいパフォーマンスができても、そこにとどまらない。より高みへ、高みへと自ら向かっていく。

そこに羽生の真骨頂がある。容易に真似ることのできないマインドがある。

高く描き続ける理想の姿、という目的へ向かうための過程に妥協がないのも羽生の特色だ。だから日々の練習の取り組みに緩みはない。「今日」という一日を無駄にせず、理想へ向かうためにやるべきことに全力で取り組む。

怠りなく努力し続けることのできるメンタル

練習風景を目にしたことがある。そこにあったのは、試合と変わらない緊張感で取り組む姿だった。その姿が、雄弁に羽生の日常を物語っていた。一分たりとも無駄にしたくない、というかのようだった。

常に高いところに描く理想へ向けて、怠りなく努力し続けることのできるメンタルこそ、羽生の土台である。そして理想に近づくために努力することをいとわない。逆に言えば、余分なことに手を染めない、煩わされたくない。余談めくが、平昌(ぴょんちゃん)五輪では、滞在期間中に韓国料理を楽しんだかどうか、といった質問が記者会見でなされたが、そういうことを考えたことはない、という旨の答えを返した。強くなるために無関係なことであったからだろう。

羽生は練習メニューでもコーチたちと話し合って参考となるものは取り入れ、トレーナーのアドバイスも受け、食事の取り方でも専門家の知見に学ぶ。それらが効果を発揮するのも、理想へ進みたいという目的が明確であり、そのための手段であることを知るからこそだ。自己投資の王者、とも言える。

繰り返しになるが、その根本は、理想へ一心に突き進むメンタル、つまり目的を見失わない姿勢にある。それは誰でも身につけられるものなのか、と聞かれれば、YESとは言いがたい。

ただ、そこに学ぶことはできる。人は誰しも迷いやすい。惑わされやすい。それでも、どんな自分になりたいかを考え、近づこうとすること。それが自己投資を意味あるものにする。

Yuzuru Hanyu

Yuzuru Hanyu
1994年宮城県生まれ。4歳でスケートを始め、2008年に全日本ジュニア選手権で優勝。’14年ソチ五輪男子シングルにて、アジア人男子初となる金メダルを獲得した。’18年の平昌五輪では66年ぶりとなる連覇を果たす。

TEXT=松原孝臣

PHOTOGRAPH=髙須 力

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