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2021.02.06

阿部勇樹、8年ぶりにオシムと再会して思ったこと

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。オシム編最終回。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~36最終回】

成長するためには出会いを大切にしなければいけない

2018年、シーズンオフを利用して、僕はイビチャ・オシムさんに会いにサラエボへ向かいました。2010年のワールドカップ南アフリカ大会直前にグラーツで行ったイングランド代表戦のときに会って以来だから、8年ぶりの再会となりました。

最初に会ってから、15年ほどの時間が流れていたけれど、オシムさんにとって僕は子どものようなもの。「もっと走らなくちゃだめだよ」という言葉は相変わらずでした。もう30代後半になっていた僕は、普段は「ベテラン」という立場を意識せざるを得ないし、ベテランとしての振る舞いを考えていたけれど、オシムさんの前では20代初めの若造に戻ってしまうのです。そういえば、オシムさんはジェフ千葉の監督時代も高年齢の選手に対して、「ベテラン」という言い方もしなかったし、若手もベテランも同じサッカー選手として扱っていたことを思い出します。

久しぶりに会ったオシムさんから、「いつ監督になるんだ?」と言われた僕は、「現役引退後には指導者になりたい」という話をしました。

もちろん、すぐに引退するというわけではなかったし、オシムさんからも「選手ができるのなら、選手でいるのが一番いい。サッカーができるんだから」とも言われました。それでも、指導者ライセンスの講習会にも参加し、現役選手でいられる残り時間を指導者になるために使ってもいいだろうとも考えていたんです。

「いつでも次へシフトできるように準備をはじめるのはいいことだ」

「毎日の練習、試合でも、自分が指導者だったらという目線を持ち、自分だったらどういう指示を出すのか? どういうプレーを望むのかを想像することは、よい準備になるだろう。試合の映像を見るときにも、指導者の目線は大切だ」

そんなオシムさんのアドバイスは、僕自身もそういう目線を持つと、選手としてプレーの幅が広がるんじゃないかと考えていました。それが指導者になるための準備でもあると言ってもらえたことをうれしく思いました。

そして、実際にそういう目線を持つことで、今までにない新しい考えやアイデアを持てるようになったと感じています。現役選手としての今が、将来にもつながっている、両方に活かされているわけです。

いろんな人と関わりを持つことで、人として強くなれた

2006年、日本代表の監督に就任され、オシムさんはジェフ千葉を去りました。その後、僕も日本代表に選ばれて、オシムさんのもとでサッカーを続けることになります。しかし、2007年脳梗塞で倒れたオシムさんは、それ以降現場で指揮を執ることはありませんでした。岡田武史監督のもと、日本代表はワールドカップ南アフリカ大会へ出場し、決勝トーナメント進出を果たしたチームの一員として、僕も大会を戦いました。

その場所にオシムさんはいなかったけれど、オシムさんが千葉へ来てくれなければ、オシムさんとの出会いがなければ、僕はワールドカップの舞台には立てなかったんじゃないかと思います。

「オシムさんのおかげで」ということは、本当にたくさんあり、僕の人生に影響を与えてくれた大きな、とても大きな存在です。サッカーをする生活もそうですし、サッカーを離れた暮らし、生活のなかでも、オシムさんに教えていただいたことは、いろんなところで生きていると実感します。

久しぶりに会ったオシムさんからは、監督時代よりも父親のような温かさや愛情を感じました。でも、やっぱり厳しさもあり、その言葉に背筋がピンと伸びるような感覚もあります。同じ稼業を継いだ親子の師弟関係に似ているのかもしれません。

イビチャ・オシムを師と仰ぎ、これからも僕は人生を歩んでいくのだろうと思っています。

人との出会いは誰もが経験することだと思います。けれど、出会っただけでは、なにも生まれないかもしれません。だけど、いろんな人と関わりを持つことで、僕は人として強くなれたと断言できます。

支えてくれた方々の存在があり、いろいろな教えや学びを受けつつ、僕は変われたし、成長できました。自分に無かったもの、足りなかったものを気づかせてくれました。大きな変化でなくとも、小さな気づきが積み重なって、今の阿部勇樹がいるんだと思います。だから、「あの人と出会わなければ、もうサッカーをやめていたに違いない」という出会いがたくさんあるんです。

出会いは僕の成長を助けてくれるんです。成長するためには出会いを大切にしなければいけないと思っています。

そして、僕自身が、周りの人たちに成長のきっかけとなる気づきを与えていけるようになりたいと考えています。今までしてきてもらったことを返していく年齢であり、立場だと実感しています。

刺激し合える仲間、松井大輔がサイゴンFCへ

2021年40歳となるシーズンを迎えます。

先日、同じ年齢の松井大輔がベトナムのサイゴンFCへ移籍しました。彼はいつも僕らの世代に刺激を与えてくれる存在です。アテネ五輪後、フランスのル・マンへ移籍したときもそうでした。その後、ロシアやブルガリア、ポーランドなど大輔が新しいクラブへ移籍するたびに、「僕も頑張ろう」と思わせてくれる存在です。大輔のことは小学生のころから知っているので、「負けていられない」という気持ちが自然と湧いてきます。

「あと10年現役でプレーできる」という年齢ではない僕らは、現役時代の集大成を示す時期を迎えました。最後には粘っこいところを見せたいと思います。20代前半から「谷間の世代」と呼ばれた僕らの粘りを見せたい。それがベトナムにいる大輔の刺激になればいいなと考えています。

1日1日楽しくサッカーをやりたい。

そういうシーズンを送って、現役を終わりたい。

2020年は怪我もあり、なかなか試合に出られなかったシーズンでした。だからこそ、シーズンが終わる今、そんなことを思っています。

サッカー選手としての僕を形作った出会いについて語る本連載も、今回で最終回となります。

長い間お付き合いいただきありがとうございました。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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