僕は試されている。
最近、また忙しくなり始めている。週に2日、都内のスタジオに5人から7人の作曲家を集めて、全員で曲作りをするというコライト作業を進めている。それが150曲ほどストックされ、仕上げの作業も始まっている。アレンジをし、メリハリをつけ、構成を考えて、トラックダウンまで持っていく。曲選びだけでなく、各段階でのチェックまでしなければならない。最近は、食事をしていても「チェックお願いします」という連絡が入るようになった。釣りを楽しむ時間も減り始めている。
例えばアルバムを作る場合、以前なら数人の作曲家に4、5曲ずつ制作をお願いし、できあがってきたなかから収録する曲を選ぶというやり方をしていた。コライト手法は、集めた作曲家全員に注文に沿ったサビを作ってもらい、できあがったサビのなかから、僕が一番いいと思ったものを選ぶ。それから、全員でそのサビに合ったAメロ、Bメロを作り、また僕が選んで完成させていくというやり方。
誰のものが採用されるかはわからないし、僕も、誰が作ったのかわからないようにして、純粋に曲だけを聴いて選んでいる。曲によってそれぞれの貢献度は違ってくるけど、権利はチーム全員が平等に保有する。チームで書いて、チームで権利を持つのでコライト。
この手法だと、従来のやり方よりも、ヒット曲が生まれる確率が高くなると思っている。今の世の中は、何がきっかけでヒットするか、法則のようなものは存在しない。それでも、5人の作曲家それぞれに1曲ずつ、合計5曲を作ってもらうより、5人の作曲家チームによるコライトのほうが、僕たちが望んでいるものを作りやすい。
コライトチームのメンバーは毎回入れ替わっていくけど、ベテランもいれば、新人もいる。このチームは成長が早い。新人はベテランから多くを学び、ベテランは新人の新しい手法や考え方に触れて刺激を受ける。才能が混ざり合って化学反応が起きる。そして、自分が作ったものの結果がすぐにわかる。チームとは別に、自分の名前で曲を作る時に、ここで学んだことを活かしている。
最近では、テーマを決めて作業を始めると、10分もしないうちに曲があがり始める。いくら何でもそんな短い時間で曲が作れるわけがないので、ストックか? と思うけど、どうやらそうではないらしい。僕が好きなコード進行を熟知していて、随所にそういう要素を入れて僕の心情を揺さぶろうとする人もいる。この手法を始めて半年ちょっとだけど、その短い間に皆、ものすごく成長している。
そうしてできあがった150曲すべてが名曲として世の中でヒットするかというと、残念ながらそういうわけにはいかない。そもそも、数え切れないほどの楽曲のなかのほんの一部が、いろいろな条件が重なり、そこに何らかの偶然も重なって初めてヒット曲といわれるものになる。大多数の曲は、世の中に出ずに眠ったまま、もしくは世の中に出てもほとんどの人に聴かれないままだ。簡単なことではないけど、僕たちはその確率を少しでも上げるために、日々この手法で楽曲作りをしている。
選ぶほうの僕は、メンタルがぶれないように気をつけている。僕が気分で曲を選ぶようなことをしたら、この仕組みは一気に崩壊する。純粋に良し悪しだけで選ばなければならない。
初めて仕事をする作曲家にとって、僕は「名前は知っているけどよくわからない」存在。若い世代の作曲家だと、僕のことを「大昔にヒット曲を作った人」くらいに思っていてもおかしくない。作曲家たちは、僕がどのような選び方をするかを見ている。みんなプロなので、いい加減な選び方をすれば「なんだ、この程度の人か」と見限られてしまう。こっちも値踏みされている。
だから、曲を選ぶ時はチームとは別の部屋でひとりになり、音だけを何回も何回も聴いて、気持ちを集中させて選ぶ。本気でやっている作曲家たちの曲をいい加減に選ぶことはできない。
作曲家もリモート参加でいい。それが今のベーシックなやり方
僕の仕事はフルリモートでも可能だと思っている。もともと、このコライトの仕組みはハワイにスタジオを置いて、僕はハワイと東京を行き来しながらやろうと考えていた。確かに、僕がスタジオにいることで、「現場がしまる」ということはあると思う。でも、それはものすごく昭和的な感覚だとも感じている。顔を合わせなくても、僕が曲を選び、作曲家は僕の選び方で僕を判断するという関係性で、チームはまとまる。だから僕は「いつもどこかに行っていて、なかなか会えない人」であっていいし、作曲家もリモート参加でいい。実際、遠方の作曲家はすでにリモート参加している。
こういう働き方は、ものすごく今っぽく聞こえるかもしれないけど、僕は新しいやり方だとはまったく思っていない。新しいものは、次の新しいものが出てきた瞬間に古くなる。むしろ、今の技術を使ったオーソドックスでベーシックなやり方だと思ってやっている。
コライトというやり方は、以前は、ひとりの作曲家が自分の頭のなかでやっていたこと。自分でいくつもサビを作って選び、それに合わせてメロディを作っていくというやり方だ。それが、リモートツールが普及し、音楽もデジタルになり簡単に修正できるようになって、ひとりの頭のなかでやっていたことを、チームでもできるようになった。それだけのことで、これが最先端だとは思っていない。
最先端とは、僕の知らないコミュニティのなかで生まれているのだと思う。SNSが発達し、ものすごく小さなコミュニティでも音楽ビジネスが成立するようになった。イノベーションはそういうところで起きている。エイベックスのなかには、そういう才能を発掘するため、朝から晩までYouTubeやTikTokをチェックしている人もいる。それはそれでいい。一方で、僕は今の時代の音楽制作の基本形を作ろうとしている。それでも、ヒット曲という結果が伴わなければ、この仕事も終わる。怖い仕事をしているとつくづく思う。
Masato Matsuura
エイベックス代表取締役会長。1964年神奈川県生まれ。日本大学在学中に貸レコード屋の店長としてビジネスを始め、以降輸入レコードの卸売り、レコードメーカー、アニメやデジタル関連事業などエンタメにまつわるさまざまなジャンルに事業を拡大し続ける。