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2021.01.23

オシムに見いだされた阿部勇樹の稀有な才能とは

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。オシム編2回目。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~34】

“便利屋”は悪くない!

イビチャ・オシム監督は、「走らないとサッカーは成り立たない」と言い、最初はとにかく走るトレーニングばかりが続いた。チームとして走れていないと判断されたからだと思います。走れる体力を作ろうということだったのでしょう。

まず、走ること。

そのうえで、「いつどこへ走るのか」という「考えるプレー」を求められるようになりました。相手にとってイヤなところ、危険な場所へ走り込み、脅威となるタイミングで走りだすことを相手と自分たち、そしてゲームの状況を考えて行動しろということです。

ゲームというのは常に流動的なものだから、いくら練習を繰り返しても、同じ通りに試合が動くことはない。だから、いろんなことに対応できるような、試合を想定したトレーニングが多かったと思います。

オシムさんのトレーニングといえば、いろんな色のビブスを多用していることでも話題になったけれど、それはオシムさんの練習にとても細かいルールがあったからです。ビブスによって、細かくグループ分けし、役割を限定する。パスを出す順番を決めたり、動く場所を制限されたりすることもありました。ほかにも「パスを出したら動く」「リターンパスは禁止」とか、細かいルールが決まっていることも。

まったく同じトレーニングではないけれど、日々反復練習を行っているような効果があったと思います。やっていることに違いはあっても、ゲームモデル、チームとしての軸は変わらず、練習することでその軸が太くなっていると実感できました。そして、オシムさんからの徐々に要求も高まってきているというのも理解していました。

「あのメニューはこの試合のためにあったんだな」

試合を終えるとそう感じることがどんどん増えていきました。それは若い選手の多かった当時のジェフにとって、自信が芽生える瞬間でした。同時に1週間のトレーニングのなかで、次の試合へ向けて対戦相手への対応力を培っていたんだと納得できるのです。
 
大学生相手の練習試合では、11対11ではなく、こちらの人数を8人や9人に減らして戦うこともありました。数的不利な状況を作って、そこでいかに対応するのかをトレーニングするわけです。練習試合は試合と同じ11人で行うという「常識」に縛られないオシムさんの練習に最初は驚きましたが、徐々にそれが「目的」に適していると自然と納得できるようになったのです。

たとえば、3チームに分かれて、1対1や2対2でのゲーム式トレーニングのとき、1チームは外で体を休めながら練習を見ています。そんなとき、トレーニングを行っているチームで、数的優位な状況を作れると、好転すると判断した場合、「なぜ、君たちはそこで座ってみているだけなんだ」とオシムさんは、外で休んでいる別のチームの選手が練習に参加することを促すこともありました。

「君がここでサポートすればいいじゃないか?」と。

だから、外にいる選手たちも中で行われていることを注視しなくてはならないし、休んでいるわけではなかったのです。

人を増やすのもアイデアのひとつだし、アイデアで増えたのなら、それに対応する、反応するのもアイデアを使うこと。それこそが対応力であり、臨機応変さであり、フレキシブルな行動、プレーだと考えるようになりました。

そんなふうに自然と「考える」が身についた結果、体だけでなく、頭も疲れる。でもこれがサッカーなんだと思い知ったのです。

目的のためにどういう行動をとることが最善か。

それはサッカーだけじゃなくて、人生においても重要なことだと思います。

「その時々の選手の顔色、様子を見て、グラウンドでメニューを決める」とオシムさんが話されていた記事を読んだことがあるのですが、本当にその通りでした。

オシムさんは、練習前のミーティングは行いません。

それでもピッチの上で、次々といろんなメニューでトレーニングを実施していきます。複雑なメニューであっても、少し考えただけで指示が出ます。企画倒れというようなこともないし、人数の関係でトレーニングに参加できない選手が出ることもない。

サラエボ大学で数学や物理学、哲学などを学んだというオシムさんがいかに聡明なのかは、そのトレーニングだけでわかります。

オシムさんの来日によって、日本サッカー界でも「考えて走る」ということに注目が集まりました。そのほかにもいくつもの「言葉」を残してくれました。そのひとつに「ポリバレント」があります。

もともとは化学の世界で「多価」として、使われていた言葉らしいですが、汎用(いろいろな方面で広く使える)という意味を持つ英語です。それをサッカー界、スポーツ界の言葉として使ったのがオシムさんでした。

いろいろなポジションで仕事ができる選手という意味で、簡単に言えば「ユーティリティプレイヤー」ということでしょうか。

サッカーにはゴールキーパーをはじめ、センターバック、サイドバック、ミッドフィルダー、フォワード、ウィング、ボランチなど、守備から攻撃へとさまざまなポジションがあります。

僕自身も守備的ミッドフィルダーを中心に、センターバックやサイドハーフなど、いろいろなポジションでプレーしてきました。けが人は出場停止などのチーム事情や戦術的な理由で起用されるわけですが、「便利屋」と言われることもありました。

「僕はここで勝負したい」とか、そのポジションを主戦場としている本職の選手と同じようにプレーできないという葛藤もありましたが、複数のポジションで最低限度の仕事やチームに変化をつけるプレーができるという自負もありました。

オシムさんが来る前から、千葉では後ろから前線へ上がるなど、ポジションに縛られないサッカーをしていたので、前へ行けば、前で求められるプレーがあり、その要求を果たす意識がありました。そこにオシムさんがさらに後押ししてくれた感じです。

そういう僕のような選手を「ポリバレント」と呼んでくれた、名前をつけてくれたことで、「これが僕の良さであり、強みなんだ」と確認できたのは大きなことだったと思います。

現代サッカーにおいて、選手にはさらに多様性が求められていると思います。オシムさんの「ポリバレント」という言葉には、オシムさんの改革者としての力と、先見性を感じます。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=Getty Images

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