PERSON

2020.12.28

【松浦勝人】「お金がなくなった時フェラーリを売って生活費に充てていた。資産価値があるところもアートと似ている」

素人目線

僕にとってのアートなもの

アートにはまるで興味がない。というより、わからない。絵を見ても、自分が好きか嫌いかの判断ができない。美術館に行っても、すぐに飽きてしまう。アートがわかる人に会うと、素直にすごいなと尊敬の気持ちで見てしまう。

一方で、クルマのYouTubeは何時間でも見ていられる。モナコやカンヌの定点カメラの映像で、世界中から集まったスーパーカーが通りすぎていく。いろいろなシルエットがあって、いろいろなデザインがあって、いろいろなエンジン音がする。モナコグランプリを見に行った時に、レストランの駐車場に停まっているクルマが全部フェラーリだったことがある。それまでに見たことがない景色。それが不思議ではないのが、モナコという場所だった。

アートを見て何も感じないわけではない。作者は何を伝えたいのかと考えて、自分なりの感じ方をし、解釈をすることもある。でも、専門家の解説を聞いたり読んだりすると、僕の解釈はことごとく的外れ。まあ、小学生の頃から図画工作は1か2しかもらったことないしね。

でも、クルマはそういう専門家の解釈のようなものが存在しない。あるのかもしれないけど気にならない。見ると一瞬で、好きか嫌いか、かっこいいか、かっこ悪いか、すべて自分だけで判断ができる。

買っても乗らない、というクルマもある。昔、最高でフェラーリを8台所有していた時期があったけど、そのうちの4台は自分で運転したことがなかった。その時は、自宅にクラブスペースを作り、カーテンを開けると駐車スペースにフェラーリがずらりと並んで見えるというバカなことをやっていた。だから、僕にとってはクルマがアート。多くの人がアートを鑑賞するように、僕はクルマを鑑賞する。

クルマにも一般の量産車とは別に限定車があって、さらに特定のオーナーだけに提供されるワンオフもある。希少価値のあるクルマは、買った後も値段が上がる。アートと同じで、世の中の景気がよければ相場が上がるし、景気が悪ければ鈍る。

昔、バカな大失敗をやらかして、お金がまったくなくなってしまった時期、僕は持っているフェラーリを売って生活費に充てていた。もちろんそんなつもりで買ったわけじゃないけど、結果的には、資産としての価値があるところもアートと共通している。

それから社長になって、半年ごとに決算発表があって、毎年株主総会があって、年がら年中、どこかの偉い人と会わなければならない生活になると、気持ちがクルマに向く余裕を失ってしまった。自分ではもう飽きたのだと思っていた。あの頃は「フェラーリなんかいらない。でも、その言葉は乗ってみてから言え」と周りに言っていたし、街でフェラーリやランボルギーニを自慢げに乗り回している人を見ると、「まだ、あんなことをやっているんだ」と気恥ずかしい思いで眺めていた。

それが会長になって、社長としての重圧がきれいさっぱりなくなった。一番好きな音楽制作の仕事に戻り、経営の仕事から解放された。水曜日は会議が詰まっているので、出社をし、ブースに入ってリモート会議に参加する。毎週水曜日、僕はあれだけ嫌っていたスーツを着て出社する。他の取締役はカジュアルな格好をしているのに、僕だけスーツ。週1回のことだし、スーツを着ることで気持ちが引き締まり、自分のなかで切り替えができる。

社長でなくなって、自分のなかでいろいろ変化が起きている。またクルマに気持ちが向かったのも、そのひとつだと思う。

今、開発されているクルマは最後のガソリン車になるかもしれない。スーパーカーも、どんどんハイブリッドやEVを発売している。あの「グワッ」という吸気音と排気音。音楽にも例えられる12気筒のサウンド。それがもう聞けなくなる。

環境のことを考えれば当然だけど、そのうちガソリンスタンドもなくなる。ガソリン車は、アナログレコードと同じように、本当に好きな人だけの趣味の世界になっていくのだろう。

クルマは僕の所有欲を満たしてくれるアート。アートも、好きな人は自分の家に飾って楽しむのだと思うけど、最初から転売をすることを前提に買うという感覚は、否定はしないけど、僕にはわからない。欲しくなるから買う。いくら高くても買ってしまう。そういうものだと思う。

僕は乗り心地重視の仕事用のクルマを買っても、シャコタンにしてしまう。タイヤも替える。せっかくの乗り心地と静けさは台無しになる。でも、それが“僕のクルマにする”ということ。そこに価値がある。

父親は中古車自動車販売店と整備工場をやっていた。子供の頃から、オイルのにおいがする整備工場は遊び場だった。父親はスカイラインGT-Rに乗っていた。毎朝バッテリーが上がっていたけど、このGT-Rは本物なんだと自慢をする。父親が画商とかだったら、僕もアート好きになっていたかもしれないけど、クルマ屋だったから、クルマ好きになるのは自然なことだと思う。

今、困っているのは、クルマの置き場所。羽田あたりに古い倉庫を借りようかと思っている。そこに並べて、時々見に行って楽しむ。ひょっとしたら、その倉庫を快適な場所に改造して、住んでしまうかもしれない。毎日、クルマを眺めて暮らすことができる。気が向いたら、飛行機で沖縄に行って釣りを楽しみ、毎週水曜日はスーツを着て出社をする。

誰かに「セミリタイアですね」と言われたけど、嫌な響きの言葉には感じなかった。セミリタイアというのはリタイアのための準備期間。それは自分の準備期間でもあるけど、社員たちにとっての準備期間でもある。「いずれ僕はいなくなるんだから」ということを自覚してもらうための時間。僕は、自分の時間を自分のためだけに使う準備を始めている。

 

Masato Matsuura
エイベックス代表取締役会長。1964年神奈川県生まれ。日本大学在学中に貸レコード屋の店長としてビジネスを始め、以降輸入レコードの卸売り、レコードメーカー、アニメやデジタル関連事業などエンタメにまつわるさまざまなジャンルに事業を拡大し続ける。

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=有高唯之

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