新型コロナウイルスの感染拡大渦中にありながら、無観客で開催を続けているのが「競馬」。日本騎手クラブの会長を務めるレジェンドジョッキーの武豊が、電話インタビューに答えた。
週末の貴重な娯楽に
ジョッキー代表として、武豊は今もなお無観客の中で全力で競馬を続けている意味について、こう語った。
「まずは、このようなご時世のなかで競馬の開催を続けさせてもらっていることに心より感謝を申し上げたいです。私たちジョッキーは、何よりも競馬ができることを幸せと感じながら、そして、いま自宅にいらっしゃる皆様にとって、週末の貴重な娯楽となれるように全力で騎乗を続けていくという強い決意を持っています」
確かに、国内外のスポーツのみならず、舞台やコンサートなども含めて、いま「LIVE」で楽しめる娯楽はほとんどない。そうした状況の中で、テレビなどを通して生でスポーツを体感できる機会は、多くのものにとって"心の癒し"になっているのではないだろうか。
また、競馬は、売得金(馬券の発売金から返還金を引いたもの)の一部を国に納付。昨年は約3200億円を国庫納付金として納めており、こういう時だからこそ、 その存在意義は小さくない。
4月12日に阪神競馬場で行われた、春のクラシックG1開幕戦の桜花賞。1番人気のレシステンシアに騎乗した武は、最後の直線で先頭に立つと、懸命に左手で鞭を叩いた。1発、2発、3発……。後ろから迫るデアリングタクトの豪脚に最後は屈したものの、雨が降りしきる重馬場の中、最後まで諦めずに懸命に騎乗する51歳の姿は、スポーツを愛する者の心を十分すぎるほどに惹き付けた。
「惜しかったし、やりたいレースはできたけど、勝った馬が強かった。ファンの皆さんからも"見るスポーツが何もなくなってしまった。競馬が唯一の楽しみ"と声をいただいていますので、少しでも希望を与えられる存在となるように心がけています」
30年以上もの間、現役の第一線に身を置く立場として、レースだけでなく競馬場外でもリーダーシップを発揮している。武が会長を務めるJRA日本騎手クラブは同13日に、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた人々を支援する「対コロナ基金」を設立したことを発表。同11日の開催から各騎手が1レースの騎乗につき1000円を積み立てるという制度である。
「競馬を開催させていただいているという、せめてもの恩返しの気持ちから、騎手会全員で話し合って決めました。長い戦いになるのかもしれません。われわれ騎手は、日常的に手を洗い、シャワーを浴びることが多い職種なのですが、今回ばかりはより一層、念には念を入れて各自が十分に健康に気を付けて過ごしています」
19日の皐月賞は、強豪ひしめくメンバーが揃った中で、デビューから4戦手綱を取ってきたマイラプソディで参戦。3戦3勝で臨んだ前走の共同通信杯では4着に沈んだものの、自身が命名にも携わるなど最も愛着のある馬でクラシック戦線に挑む。
かつて、インタビューで武はこう言ったことがある。
「子供の頃から騎手になりたかったので、実際になれて現時点で30年以上もやることができて、それは本当にありがたいことだと思う。だから、あんまり適当にはやりたくないなと思います。"ただ勝ちたい、活躍したい"というだけでなく競馬というものを"もっと追求したい"と思っている。もちろんこういう世界だからいい時もあればなかなか苦しい時もある。ただ、こうやって好きな仕事がやれているのはすごく恵まれていると思う」
50歳を超えたレジェンドジョッキーが、日本一、いや世界一の"競馬好き"であることは、本人も自覚済み。
「この状況でも、競馬は続けるのか」という後ろ向きな意見はゼロではないだろうが、その一方で、武のようなひとつの道を真心で突き進むような存在が、いまの世の中に求められているのではないだろうか。
そんな目線で、皐月賞で鳴り響く武豊の狂詩曲を聴いていたい。