幾多の試練を乗り越えながら、着実にスーパースターへの階段を上り続けているメジャーリーガー・大谷翔平。彼がアメリカ全土でも絶大なる人気を誇る理由は、その実力だけが要因ではない。ビジネスパーソンが見習うべき、大谷の実践的行動学とは? 日本ハム時代から"大谷番"として現場で取材するスポーツニッポン柳原直之記者が解き明かす。
走塁の原点は野球を始めた小学2年
大谷は「投」「打」の二刀流だが、たびたびクローズアップされるのが「走」だ。長いストライドを生かし、きれいなフォームでダイヤモンドを激走する姿を思い出すファンの方々も多いだろう。メジャー1年目の2018年には本塁から一塁までの速度がメジャーで優秀とされる秒速29フィート以上(時速約31・8キロ)を30回以上も記録した。
大谷の走力の原点は野球を始めた小学2年。父・徹さんと交わした当時の「野球ノート」に何度も出てくる言葉がある。「一生けんめい元気に声を出すこと」、「一生けんめい走ること」、「一生けんめいキャッチボールをすること」。全力疾走の意識はこの時からだ。さらに、当時の少年野球チームで監督を務めた徹さんから「左中間に飛ばして二塁打をとにかく打ちなさい」と叩き込まれ、積極的に先の塁を狙う意識も自然と身についた。
花巻東(岩手)に進学し、その走塁はさらに磨きがかかった。同校は投手でも毎日のように走塁練習を行い、打球判断を養う。「一塁後方の芝生の切れ目まで全力疾走」、「外野フライは二塁まで全力疾走」というチームのルールに真摯(しんし)に取り組んだという。ただ、当時のチームメートの皆川清司さんは「そんなに足が速いイメージはありません。だから、みんな翔平の足の速さに驚いています」と振り返る。日本ハム、そしてエンゼルスという環境で投打以外のポテンシャルが引き出されたと言えるだろう。
大谷の走塁といえば、忘れられない試合がある。日本ハム時代の'16年6月18日、中日との交流戦(ナゴヤドーム)。「5番・投手」で出場し、0―0の6回に四球で出塁すると、続くレアード(現ロッテ)の二塁打で、一気に本塁まで生還して先制点を奪った。三塁へ向かう走路に打球を目で追っていた三塁手・エルナンデスがいたが、三塁コーチャーが腕を回しているのを確認すると、一気に加速したのだ。この時、大谷は「恐らくホームでタッチアウトになっても(走塁妨害の判定で)セーフになっている。難しい判断ではなかった」というコメントを残している。もし本塁で憤死してもエルナンデスの走塁妨害をアピールすれば、セーフとなる可能性が高いと瞬時に判断し、本塁突入を決断していたのだった。投げては最速161㌔を記録し8回2安打無失点、12奪三振で勝ち投手。「投」「打」はもちろん、「走」も大谷の大きな武器であることを印象づけた試合だった。
走るスピードはもちろん、先の塁を狙う貪欲さや、冷静な判断はこれまでの野球人生の努力の賜だろう。努力はいつ実るか分からない。自分を信じ、継続して努力を重ねることの大切さなど大谷から学ぶことは多い。以前、大谷は走塁について「一番、〝野球勘〟が出る」と話したこともあった。不思議な導きか、今季からエンゼルスの指揮を執るジョー・マドン新監督は本塁から一塁までの90フィート(約27・4メートル)を全力疾走し、野球に敬意を払うことを意味する「RESPECT90」という指導の軸となる考え方を持っている。二刀流復活を目指すメジャー3年目。磨きがかった走塁技術も忘れずに注目していきたい。