TRAVEL

2021.02.07

【中田英寿/にほんもの外伝】石川・能登島のガラス工房への旅

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。連載【にほんもの外伝】の石川県編vol.7。

にほんもの

「仕事に集中できる環境がある」

石川県をクルマで走っていると、ときおり荒々しい波を立てる冬の初めの日本海が目に飛び込んでくる。しかし能登島の海岸線から見ると、驚くほどに海はないでいる。能登島が浮かぶ七尾湾は、完全な内海。まるで湖のようなさざなみがあるだけで、海鳥や魚たちもゆったりと過ごしているような印象だ。ガラス作家の有永浩太さんは、この自然豊かな能登島の七尾湾に面した工房で作品を作り続けている。

「もともとは大阪出身なんですけど、倉敷の大学でガラス工芸を学び、そのあと福島や東京の新島のガラス工房で働き、4年前にこの能登島にやってきました」(有永さん)

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すぐ近くには、石川県能登島ガラス美術館があるため、その縁でこの地に着たのかと思いきや、「親戚がこの家を使っていたのを譲り受けました」とのこと。

「能登半島は、“陸の孤島”と言われていたようですが、最近は交通網が発展していて、金沢からクルマで1時間ほどですし、能登空港から東京にもすぐ行けます。無理をすることなく、仕事に集中するには最高の環境なんです」(有永さん)

リビングに飾られていたのは、触るのも怖いくらいに繊細なガラスの器。布地のように見えるガラスが重なりあい、周囲の光を柔らかく拡散。「ガーゼ」と名付けられたシリーズは、その名の通り、ガーゼのような柔らかな生地をガラスの中に封じ込めているように見える。

「ベネチアで伝統的に使われている技法なんですが、それを日本人の感性でアレンジしたいと思ったんです」(有永さん)

自宅に併設されたガラス工房に行くと、ガラス窯が赤く燃えたぎっていた。普段はここにこもって作業をしているという。

「さきほどの作品も素敵でしたが、こういう素朴な器もいいですね」(中田)

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中田英寿が目をとめたのは、何気ないグラスや水差し。色ガラスでつくられたそれらの作品は、たしかに素朴な雰囲気だが、繊細な造形と手作業ならではの味わいの両方を感じさせるものだった。リビングで見た作品群とはまた異なる趣がある。

「展示会に出すような作品をつくるのと、日常のための器をつくる作業の両方があるからバランスが取れているような気がします」(有永さん)

作家として美を追求することと、職人として実用性を追い求めることを両立するのはけっして簡単なことではないだろう。しかし黙々とガラスを吹き、カタチを整える有永さんの仕事ぶりを見ていると、そのふたつが違和感なく存在しているように思えた。聞こえてくるのは有永さんの作業音と、七尾湾のゆったりとした波音だけ。「無理がなく仕事に集中できる」と彼が語ったこの環境の素晴らしさが、その美しく豊かなものづくりにつながっているのだと感じた。

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※石川県の旅は昨年11月に行ったものです。

「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
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TEXT=川上康介

PHOTOGRAPH=淺田 創

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