2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
日本海のすぐそばにあるその工場を訪ねると、強烈な魚のにおいが立ち込めていた。でもそのなかにほんのりと“うまみ”のようなものを感じる。まさに“くさい”と“おいしい”の境界線。ここから発酵することで魚は、おいしく変わっていくのだ。白山市の食品加工会社「あら与」が創業したのは、約180年前の1830年。7代目の荒木敏明社長は、いまも伝統の製法で“禁断の味” 「ふぐの子の糠漬け」を作り続けている。
「江戸時代から『フグは食べたし、生命は惜しし』と言われたくらい、フグの毒はよく知られていたんですが、このあたりでは糠(ぬか)漬けにしたものをひそかに食べていたんです。もともとはうちでも三枚におろして、身の部分を糠漬けにしていたようですが、白子のほうがおいしいと人気になり、そっちがメインになっていきました。白子は、1年間塩漬け、2年間糠漬けにすることで解毒発酵されて食べられるようになります。現在、この製法が認められ、石川県だけ製造販売が許可されています」
扱うのは、小ぶりのゴマフグ。あら与では、塩と糠だけでなく、米麹やイワシからつくった“いしる”などを加えることでより旨味を増した糠漬けを作る。倉庫に行くと、大きな石を重しにした昔ながらの木樽が並んでいる。倉庫は木造で、夏は暑く、冬は寒い。石川の自然の環境のなかでゆっくりと発酵が進んでいくのだ。
「発酵しておいしくなるのはわかるんですが、なぜ毒がなくなるんですか?」(中田)
「実は、それが解明されていないんです。でも調べてみると、最初の1年間で毒が1/10以下になり、その後の2年間でほとんど残らなくなるんです。乳酸菌が毒のテトロドトキシンを分解するという説もありますが、詳しくはわかっていません」(荒木社長)
最近ではメディアなどに頻繁に取り上げられ、石川名物としてしられるようになった「ふぐの子の糠漬け」。さて、その味はいかに。工場から直販店の「あら与 本店」に移動すると、カフェスペースがあり、お茶漬け、おにぎり、パスタ、サンドイッチなど、さまざまなメニューが提供されていた。
「ふぐの子の糠漬けがいちばんおいしいのは、加賀棒茶で入れたお茶漬け。でも、ごはんだけでなく、オイル、バター、ガーリックなどとも相性がいいんです。最初はみなさん、『本当に毒ないの?』とおっかなびっくり食べますが、『こんなにおいしいんだ』と驚いてもらえます」
おすすめのお茶漬け、おにぎり、そしてパスタをいただく。カラスミのような旨味だが、味わいは思ったよりもやさしい。香ばしい加賀棒茶とも、パスタとも相性がいい。石川は魚介が豊富で寿司はどこで食べてもおいしい。だが、この手間ひまかけて作られた糠漬けも捨てがたい。日持ちもいいので、お土産にぜひおすすめしたい。
※石川県の旅は昨年11月に行ったものです。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
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