経営者、アスリート、教育者、歴史上の偉人など、成功者と呼ばれる人は困難に直面した時にどのように考え、行動してきたのか。それを知ることはきっと、一度きりしかない人生を自分らしく生きるための学び・教訓となるはずだ。学校では教えてくれない、人生で本当に大切なこととは? 『毎週1話、読めば心がシャキッとする13歳からの生き方の教科書』より、一部を抜粋・再編集して紹介する。第6回の語り部は、「指点字」の考案者・福島令子(ふくしま れいこ)。【その他の記事はコチラ】
最後の手術も空しく失明する
息子の智(福島智/3歳で右目、9歳で左目を失明。18歳で失聴し全盲ろうとなる)はね、失明する前に眼圧が上がってね。もう、辛抱強い子やのに泣きました。
そうすると、熱は出るし、お部屋の人が皆寄ってきて、足をさすったり何かしながら「頑張れ」とか「神様に拝んであげる」とか言ってくれました。普段泣かない子が泣くんですから、相当痛かったと思うんですけど。
大人でも、眼圧が上がったらすごく苦しいそうですね。もう、ほんとにあの時は可哀相やったですよォ。
智は水を飲まなかったら眼圧は上がらないと信じ切っていて、好きな苺を食べる時でも、これ1個で5cc分かなとか言いながら。そのうち師長さんが「お願いやからヤクルトでも飲んでちょうだい」と言いましたが、意志が強くて頑として拒否し、水でうがいなどをして辛抱していました。
智の皮膚はミイラみたいに皺が寄ってね。その後、最後の手術をされたけど、眼圧が上がり切っていてもう手に負えなかったですね。
その時、智はね、いろいろと考えたんだと思います。まだ9歳やのに、偉いなぁと思いますよ。
失明した息子がお祖父ちゃんへ電話
智の入院費用などをたくさん出してくれていた祖父が、智の目が見えなくなったと聞いたら、もう、泣いて、泣いてね。祖母が言うには、家で祖父の姿を3日間も見かけないと思ったら、家の2階へ上がって泣いていたそうです。
でも智はね、お医者も恨まなかったし、神仏にも不平を言わず、親にもとやかく言いませんでした。
そしてね、自分は失明しているのに、祖父が泣いてると聞いたら「お祖父ちゃんに電話をかけるから地下まで連れてって」と言って、病院からこんな電話をしたんです。
「お祖父ちゃん、泣いても仕方ないんだよ。するだけのことをしてこうなったんだから。世界中で一番偉い先生が診てもダメな時はダメなんだよ」って。そして、
「僕はね、いま悲しんで泣いてるより、これから先、どういうふうに生きていったらいいかを考えるほうが大事だと思ってるんだよ。お祖父ちゃん、僕は大丈夫だからね」
祖父はそれを聞いて、余計泣いたと言いました。親が言うのもおかしいですが、この時は私も、すごい子やなぁと思いました。