読者に薦めたいとっておきの1冊を、京大卒のオタク女子・三宅香帆が毎月ピックアップ! 今回は、読者の価値観を痛烈に揺さぶる傑作シリアルキラー・サスペンス『氷の致死量』をご紹介!
読者の価値観を痛烈に揺さぶる1冊
主人公はとある秘密を抱える英語教師、鹿原十和子(かはらとわこ)。赴任先の聖ヨアキム学院では14年前に殺人事件が起きており、十和子はその被害者に興味を持つ。一方、連続殺人犯である八木沼武史は、虎視眈々(こしたんたん)次の獲物をと品定めしていた。十和子と八木沼の人生が思わぬところで交錯した時、驚愕の真実が明らかになる。
2022年5月に映画化され話題となった『死刑にいたる病』。その原作者でもある櫛木理宇(くしきりう)氏の最新作となる、シリアルキラー・サスペンスだ。物語のなかで描かれているのは、社会のさまざまな「こうあるべき」という圧力に悩み、苦しむ人たちの姿。
アセクシャルやアロマンティックと呼ばれる、性愛や恋愛を前提とした関係を他人に求めない男女。娘に過剰なまでに規律を強いてしまう母親。母性を神格化し暴走するシリアルキラー……。作者は殺人事件という題材を通して、性的マイノリティの存在や社会の問題を浮き彫りにし、読者に問題提起を投げかける。その筆致が実に見事で、思わず一気読みしてしまった。
本書はエンタテインメントとして一級品なのはもちろん、時代を映す鏡にもなっている。上質な読書体験をもたらしてくれる小説だ。
『氷の致死量』
櫛木理宇 著/早川書房 ¥2,090
Kaho Miyake
1994年高知県生まれ。書評家、作家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『女の子の謎を解く』等がある。