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2019.04.02

信長見聞録 天下人の実像 ~第四章 長槍隊~

織田信長は、日本の歴史上において極めて特異な人物だった。だから、信長と出会った多くの人が、その印象をさまざまな形で遺しており、その残滓(ざんし)は、四百年という長い時を経て現代にまで漂ってくる。信長を彼の同時代人がどう見ていたか。時の流れを遡り、断片的に伝えられる「生身の」信長の姿をつなぎ合わせ、信長とは何者だったかを再考する。

信長のコトバ:「兎角、槍はみじかく候ては悪しく候わん」

父の信秀亡き後、信長は苦境に立たされる。若い信長は、父から受け継いだ家臣たちの信頼を得られなかったのだ。敵方への寝返り、一族内の裏切りや謀反が相次ぎ、尾張国内は紛争絶えない内乱状態に陥る。そうなれば戦国の世の常として他国からの侵略は必至で、後の桶狭間の戦いにつながるわけだけれど、なぜ信長はそれほどまでに家臣の信頼を得られなかったのか。

宣教師のルイス・フロイスが、答えになりそうな事実を書き残している。

「彼(信長)は部下の進言に左右されることはほとんどなく、全然ないと言ってもよいくらいで」

フロイスが描いたのは天下を手中にした後の信長だが、少年時代から彼は人の言うことを聞かなかった。無法者のような格好で町に現れ、立ちながら柿や瓜や餅を喰らい、人の肩にぶら下がって歩いていたので、人は彼を大うつけと呼んだ、と『信長公記』にはある。それも、彼が大人の意見に耳を貸さなかったことの証左だろう。教育係の平手政秀あたりから、日々小言を食らっていたはずなのだ。

けれど、行儀の悪さ程度のことが、信秀恩顧の荒武者たちがことごとくその後継者に背を向けた理由になるとは思えない。彼らにとってより深刻だったのは、例えば槍や鉄砲の問題だったはずだ。信長は早い時期から他の戦国大名に先駆けて、大量の鉄砲を有していた。斎藤道三との会見の場にも、堂々とした鉄砲隊を引き連れて現れている。槍隊には三間半という異様な長槍を装備させていた。三間半は約6.4mである。

そういう特異な軍勢の雛形を信長は、遅くとも19歳の頃には完成させていたのだ。それを見た道三の家臣が「やはり信長はうつけですな」と、わらったという話が残っている。鉄砲も長槍も、見かけ倒しで実戦では役に立たないと言いたかったのだろう。それが当時の武将たちの一般的な反応だったはずだ。なぜなら、いまだかつてそんな軍隊は存在したことがないから。

信長の家臣たちも内心は同じ気持ちだったはずだ。

武器の編成を大きく変えることは、今までの合戦の仕方を大きく変えることだ。経験豊富な武将ほど、拒絶反応を示したことは想像に難くない。それは彼らの戦場での経験を、全否定することに等しいから。信長を諫めた家臣もいたことだろう。

けれど、信長は聞く耳を持たなかった。それは、彼が自分の経験したことだけを信じる種類の人間だったからだ。他人には珍奇に見えても、その行動はすべて彼なりの実証に基づいていた。長槍を用いるようになったのも、少年時代に引き連れていた悪ガキ同士に、竹槍の叩き合いをさせた経験からだった。

「兎角、槍はみじかく候ては悪しく候わん」※

そう言って、三間半もの桁外れの長槍を装備させた。槍の長さを変えただけでなく、信長はそうやって彼自身の長槍隊を育て、彼なりの戦い方を工夫していた。鉄砲の用法についても工夫を重ねたはずだ。大人たちの言葉には一切耳を貸さずに!

その行動のすべてが、経験豊富な武人たる家臣たちには理解不能だった。IT黎明期のスタートアップに対する、既存の経済界の反応みたいなものだ。離反者が相次いだのも無理はない。

この時期の信長直属の軍勢は800人程度と言われる。自己のみを信じ、その僅かな手勢で悪戦苦闘を繰り返しながら、尾張全域の支配を目指す。それが信長の二十代の姿だった。

※『信長公記』(新人物往来社/太田牛一著、桑田忠親校注)26ページより引用

Takuji Ishikawa
文筆家。1961年茨城県生まれ。著書に『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)、『あいあい傘』(SDP)など著書多数。

TEXT=石川拓治

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