HEALTH

2022.05.07

睡眠学の権威・スタンフォード大学西野精治教授「長時間睡眠が身体にいいは違う。長さではなく“質”」

働き方が多様化する時代に、早寝早起きや7時間睡眠など、理想的な眠りをキープするのは難しい。健康な心と身体を維持するために、睡眠研究の第一人者であるスタンフォード大学医学部精神科教授の西野精治教授に話を聞いた。【特集 睡眠力革命はこちら】

眠れなくても大丈夫? 忙しい男こそ、長さではなく“質”にこだわる

最新研究が明らかにする睡眠の真実

仕事のパフォーマンスを高めるために、十分な睡眠時間を確保すべきだ。だが、仕事にもプライベートにも本気で取り組んでいるからこそ、早寝早起きや7時間以上の睡眠を確保するのは「そもそも無理」というビジネスパーソンが多いのも現状だ。おそらく多くの人が“時間”という問題を抱えている。

睡眠学の権威、スタンフォード大学医学部精神科教授の西野精治氏は、日本人の睡眠不足問題をどのように見ているのか。

「日本人の睡眠時間は年々短くなり、1960年代の1日8.25時間から現在は7.36時間まで減少。これは先進国のなかで最も少ない数値です。睡眠中には、身体と脳の老廃物の処理、記憶の整理、自律神経やホルモンバランスの調整など、さまざまな身体のメンテナンス作業が行われます。不十分な睡眠が健康に悪影響を与えることは間違いありません。

ただし、その一方で、近年アメリカで行われた疫学調査では、『早寝早起きは健康、富、賢さに影響を与えない』という結果が出ています。睡眠時間と死亡率の関連性を調べた別の調査でも、1日に3時間未満しか眠らない短時間睡眠型の人よりも、1日に10時間以上寝る長時間睡眠型の人のほうが、死亡率が高くなりました。実は長時間睡眠が身体にいいという医学的根拠はまったくないのです」

眠りの最初に訪れる「黄金の90分」が重要

そうした研究結果をふまえて、最近は「睡眠は時間の長さではなく、質こそが重要」と言われている。理想とされる1日7時間の睡眠時間が確保できなくても、質を高めることで時間の不足分をカバーできるという。

「睡眠中は脳と身体の両方が眠っているノンレム睡眠と、身体は眠っていて脳は起きているレム睡眠が繰り返されます。身体と脳のメンテナンスが行われるのはノンレム睡眠時。ノンレム睡眠がしっかりと取れていると、睡眠全体の質が高まります。

睡眠中に複数回訪れるノンレム睡眠のなかでも、最も眠りが深いのが入眠した直後の約90分間。私はこの時間を『黄金の90分』と呼んで重視しています。まずは、この90分をきっちり押さえることを意識したいですね」

西野先生いわく、『黄金の90分』は何時に寝ても構わない。よく美容系の広告で“夜10時から深夜2時までがお肌のシンデレラタイム”などと言われるが、まったくの大噓だと言う。

「22時に寝ようと、深夜2時に寝ようと、眠りについて最初に出る深い眠りが黄金の90分。誰にでも平等に、黄金の90分が訪れます。ただし、できる限り、眠りに就く時間は固定化してほしい。夜22時なら毎日22時、深夜3時なら毎日深夜3時。就寝時間を一定にすることで入眠に最適なリズムが生まれ、すっと眠りに入りやすくなります」

睡眠はデリケートな性質のもの。ちょっとしたリズムや環境の変化が大きく影響する。

「睡眠の質は、眠りにつく時間はもちろん、部屋の明るさや室温、におい、騒音などに左右されます。ですから、寝室や寝具など、睡眠環境を整えることは重要です。とはいえ、神経質になりすぎるのもよくありません。『この音楽を聴かないと寝つけない』『ラベンダーの香りがないと寝られない』などと習慣づけが過剰になると、“そのルールを守らなければダメだ”と気持ちがネガティブになってしまいます。“自分がいいと思うものを試してみよう”くらいの軽い気持ちで、脳がリラックスできる環境をつくってみてください」

良質な睡眠はコロナ対策にも有効

西野氏が創業したブレインスリープでは、’21年4月、1万人を対象に睡眠と感染症に関するオンライン調査を実施。1万人のうち144人が新型コロナウイルスへの感染を経験していた。

「感染者をさらに詳しく調べると、感染者の35.4%が睡眠時無呼吸症候群にかかっていることが分かりました。一般人の患者の割合は2・7%ですから、驚くべき割合。睡眠時無呼吸症候群の人は13.1倍もコロナウイルスに感染しやすいのです」

睡眠時無呼吸症候群とは、睡眠中の1時間に中等度15回、重症では30回以上呼吸が止まる病気。高血圧や糖尿病、心筋梗塞など、さまざまな病気の誘因になる。中等度以上の人が治療しない場合、「4割が8年以内に死亡する」という調査結果もある。

「日本人は顎が引っこんでいる骨格のため、気道が狭く、睡眠時無呼吸症候群にかかりやすい。新型コロナをはじめ、さまざまな病気を引き起こしますので、心配な人は睡眠外来を訪ねて相談してください。病気への予防を心がけることも、睡眠の質を高める重要なポイントです」

 

眠りの黄金原則、睡眠12の鉄則!

鉄則01. 起床時間を固定する

鉄則02. 起床後、太陽の光を浴びる

鉄則03. 朝食に温かい汁物を飲む

鉄則04. 15分~30分の仮眠を取る

鉄則05. コーヒーは4、5杯を午後の早い時間までとする

鉄則06. 夕食は就寝の2、3時間前までに摂る

鉄則07. 就寝時間を固定する

鉄則08. 寝室、寝具の環境を整える

鉄則09. 就寝90分前に入浴、すぐ寝る時はシャワーにする

鉄則10. ベッドの上ではスマホを見ない

鉄則11. 少量の飲酒(1合程度まで)にとどめる

鉄則12. 就寝前はヨガやストレッチなど軽い運動にする

 

西野精治

スタンフォード大学医学部精神科教授
スタンフォード睡眠・生体リズム研究所所長
西野精治

1955年大阪府生まれ。2005年、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長に就任。’19年にはブレインスリープを設立し、日本人の健康寿命を延ばす活動をスタート。新著に『スタンフォードの眠れる教室』(幻冬舎)。

 

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TEXT=川岸 徹

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