唯一無二の存在感を保ち続ける理由
「クミコ、君をのせるのだから」ーー。1974年の日産車、チェリーF-Ⅱの広告コピーだ。あの時、CMで微笑むおさげ髪の少女に誰もが心を奪われた。天使に見えたのだ。デビュー間もない秋吉久美子だった。三ツ矢サイダーのCMも鮮烈だった。音楽はブレイク前の山下達郎。アメリカ西海岸のような音楽に秋吉は躍動した。
女優としての彼女を筆者が初めて見たのは連続ドラマ『家庭の秘密』だ。産まれた病院で誘拐され、実母の元恋人に育てられる少女の役。テーマ曲はユーミン最初の大ヒット「あの日にかえりたい」。切ない歌は憂いのあるヒロインにぴったりだった。
あれから約50年ー。秋吉久美子は唯一無二の存在感を放ち150本以上の映画やドラマに出演。数々の賞にも輝いた。そんな彼女の足跡が本人の率直な発言で構成されていくのが『秋吉久美子 調書』だ。
東京・池袋の文芸坐地下劇場(現・新文芸坐)が、秋吉久美子特集を開催したことがある。1979年の時点で彼女が出演していた全作品を一日2本、11日間で上映した。筆者も高校をさぼって通い、『旅の重さ』『十六歳の戦争』『赤ちょうちん』『挽歌』『突然、嵐のように』……などを観た。平日の昼間でも学生やスーツ姿の会社員で満席。4時間立ち見した日もあったほどだ。
哀しい役が多かった。自ら死を選ぶ文学少女、幼い子を残し空襲で命を落とす16歳の母、気が狂って鶏をかじり続ける鳥電感の若妻。仲代達也演じる中年男を愛しすぎその妻を自殺にいたらしめる女、郷ひろみ演じる恋人との悲しいすれ違いで身体を売るまでに堕ちていく看護師。なかには、ヌードでのラブシーンも。夕闇の幡ヶ谷、畳敷きのアパートの部屋で高岡健司とお互いを求め合うシーンは切なく、美しく、胸が苦しくなった。
テレビCM、あるいは映画『八甲田山』で高倉健が率いる雪中行軍(せっちゅうこうぐん)を引率する“案内人殿”役で見る天使のような姿と、青春映画で見せる哀しいヒロイン。そのギャップは大きく、どちらも新鮮で、秋吉の魅力が際立ったのかもしれない。青森の雪深い村の案内人や『赤ちょうちん』の天草から上京した幸枝は、その後どんな人生を送っているのだろう。会ってみたい。
『秋吉久美子 調書』で語る秋吉久美子は、今なお10代の少女のようなみずみずしい感性、無防備さ、さらに文学性が感じられる。デビュー以来のすべての映画を観たくなった。そして、次の映画がどんな作品になるのか、待ち遠しい。