連載「滝藤賢一の映画独り語り座」。今回は『永い言い訳』を取り上げる。
ぞっとするほどに心の痛点を的確に刺してくる
今回、紹介する『永い言い訳』ですが、西川美和監督の私生活がうっすらと透けて見えてくるような気が僕はしました。それは、妙齢の才女の真意にうっかり触れ、「こんな冷静な視線で家族や夫婦の関係を見つめているのか!?」と背筋が凍るような......。
事故で妻を失ったのに、一滴も涙が出ない夫。考えたくもありませんが、僕なら大号泣で、大変なことになるでしょう。それくらい僕にとっては遠い存在の主人公でした。だけど、簡単な言葉で形容できない夫婦の関係を描いているからこそ、深い余韻があります。数少ないシーンで強烈なインパクトを残す妻役の深津絵里さんですが、映画を観終わって何週間も経つのに、彼女の静かに夫を射すくめる目、存在が脳裏に焼きつき、「奥さんにこんな風にそばにいられたらしんどいなあ」と戦慄(せんりつ)しています。しかし、本人にそんなつもりがあるのかないのか。夫婦の関係を何とか修復し、必死に保とうと足掻(あが)いているようにも見える。そんな深津さんのあまりに絶妙な芝居は、まさに職人芸。想像をかき立てられ、彼女のトラウマから逃れられない。もし現場でお会いすることができたら、その真意を聞いてみたい。
これに対して、本木雅弘さん。以前、昭和天皇を演じられた『日本のいちばん長い日』を観た時、本木さんにしか演じることができない役があるんだと思わせられましたが......。今作でも、槽糖(そうこう)の妻を重く感じ、遠ざけてきたこの夫の、人間として欠けている部分を見事に体現されていて、説得力がすごい。失礼ながら、「本木さんってもともとこういう方なの?」と思ってしまうくらい、リアルで痛々しい......。このふたりの複雑な男女関係を冒頭の数分で見せてしまう西川監督の巧みさ。完全に心を摑まれました。
会話の節々まで計算し尽くされている西川ワールド。本当のリアルというより作り上げられたリアリティーに、監督のプライドを感じる。ゲーテ読者にも、心の痛点を突かれて、ぞっとする方が多いかもしれません。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
俳優。1976年愛知県生まれ。映画『SCOOP!』が10月1日より公開、ドラマ『コールドケース〜真実の扉〜』が10月22日より放送開始。ドラマ『ドクターX』にも出演が決定。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!