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2021.12.07

ホンダ「S660」は365日乗れるピュアスポーツだ!

歴史ある名車の”今”と”昔”、自動車ブランド最新事情、いま手に入れるべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。本連載「クルマの教養」では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から、ためになる知識を伝授する!

決して侮ってはいけない「軽」

これまでホンダは数々の個性的なスポーツカーを送り出してきた。その象徴として、最新世代のNSXや現在開発中の次期型シビックタイプRの存在がある。しかし、これらはスーパースポーツといっても過言ではない高性能車であり、価格も一流だ。そんなホンダには、小さく手頃な本格スポーツもある。それが「S660」だ。

黄色いナンバーが示すように、これは軽自動車だ。ボディは本当に小さく、エンジンもターボとはいえ、660㏄の排気量しかない。しかし、それこそS660が持つ最大の武器でもあるのだ。軽自動車には厳密な規定があり、全長3.4m以下、全幅が1.48m以下、全高が2.00m以下のボディサイズで、さらに660㏄以下のエンジンを積んだものしか認められない。登録車のように、少し全幅が大きくなったので、5ナンバーから3ナンバーになんてルールもないのだ。しかもエンジン出力は、業界規制により最高出力を64ps以下にしなければならない。その中で定番のハッチバックモデルから人気のスーパーハイトワゴンまでを作り分けているのだ。それは厳密なレギュレーションの下で戦われるレースのようなもの。その枠の中で、ホンダは本格スポーツカーを作り上げてしまったのである。

ボディ構造は、NSXと同じ車両中央にエンジンを配置したミッドシップレイアウトを採用。このため、ひとつのプラットフォームで、ほとんどのラインアップを構成する軽乗用車としては異例の、専用プラットフォームが与えられている。1円1銭でコスト低減を図り、アフォータブルな価格を実現している軽自動車の中では、ありえないほど贅沢なクルマなのだ。ダイハツのオープンカー「コペン」でも、大きな改良を加えているが、他の軽乗用車のものとプラットフォームの共有を図っている。その恩恵は、前後重量配分も、45:55という優れたバランスを生み、運動性能を飛躍的に向上させる。もちろん、ボディ各部に走りの質を高める徹底した作り込みが図られているのは言うまでもなく、足回りも専用となり、リヤサスペンションも軽自動車では珍しいマルチリンク式としている。

さらにスポーツカーであるためには、低重心化や軽量化も重要だ。そのために、アスリートのような無駄のないボディが求められる。それは同時に多くの安全及び快適装備を備える現代車にとっては過酷な開発を意味していた。そこで無駄をそぎ落とし、使えるスペースを最大限活用することで、スポーツカーとして妥協のないパッケージを完成された。

気の向くままにオープンカーに早変わり

もちろん、走りの装備も一切手抜き無し。S660に相応しいホンダで最も小さなステアリングを専用開発し、シートも小さなキャビンに収まる専用スポーツシートを新開発している。さらに乗員スペースを確保するために、コンパクトにまとめられたダッシュボードには、市販のオーディオやナビが収まらないため、これらのシステムも専用開発するこだわりよう。さらに運転中の爽快感を高めるべく、着脱式ソフトトップまで標準化し、気の向くままにオープンカーに早変わりできるようにしている。ここまで特殊な構造のクルマとなると、他の軽自動車との混流生産もできないため、専用の生産ラインまで与えられている。まさに収まっているのは、軽の枠だけといえる異色の存在なのだ。それでも価格は、エントリーグレードで232.1万円というから、まさに採算度外視。一体何処で儲けを出しているのか、こっちが悩んでしまうほどだ。

今回の試乗車は、そのS660の中でも、特別中の特別である「モデューロXバージョンZ」だ。モデューロXとは、ホンダのアクセサリー用品などを手掛けるホンダアクセスによるコンプリートカーで、完成車をベースに、熟練のエンジニアたちがより走りの質を高めるべく、磨き上げを行ったもの。ただスペック的な性能を追求したものではなく、運転中のドライバーが感じる走りの魅力を高めることに注力している。

その開発のアドバイザーには、日本のレース界のレジェンドであり、クルマ好きからはドリキンの愛称で親しまれる土屋圭市氏が携わっている。S660では、走りの質を高めるべく、サスペンションや空力パーツなどに専用パーツを装着し、内装の質感も高められている。バージョンZは、そのモデューロXをベースにつくられた最後の特別仕様車。残念ながら、S660は2022年3月で生産が終了することが決定されている。そのアナウンスを受けて、残りの生産分は、瞬く間に完売。その最後の需要に応えるべく、今年11月には、なんとか生産や部品調達をやり繰りして、可能となった追加生産分の650台を販売することを発表。そのうち600台は、生産終了のアナウンス時に購入検討していた顧客に割り振られたのだが、こちらも即完売に。そして、最後の50台は、購入希望者が公募され、抽選が行われる予定だ。この記事が掲載されるころには、締め切りを迎えてしまっているが、噂によれば宝くじ並みの倍率らしいので、最後の最後に手に出来た人は、超ラッキーだ。但し、モデューロと、その特別仕様車のモデューロXバージョンZは、追加生産分には含まれず、より貴重な存在となっている。。

その見た目同様にキャビンは小さいが、乗り込んでしまえば、男性でも窮屈さは感じない。ただ小物入れさえも限定的なので、一人乗りの際は、助手席が最大のラゲッジスペースとなる。S660には、フロントフードの内部にコンパクトな小物入れが存在するので、荷室に活用することが出来るが、そうなると外したソフトトップの行き場がなくなってしまう。もし二人で出かけるならば、荷物は最小限がお約束なのだ。

しかし、走り出してしまえば、そんな問題は即吹き飛んでしまう。専用開発された6速MTは、カチッとシフトが決まり、変速の動作のひとつもアトラクションになる。操作量の小ささは、S2000に匹敵するほどだという。小ネタだが、シフトレバー自体もS2000からの流用品だ。あの名車の開発経験も、こんなところで活かされていると知ると、ホンダの歴史に触れたような気分になる。ステアリングもクイックな味付けで、日常の交差点やカーブを曲がるだけでも、スポーツカーらしい切れ味の良い走りが体感できる。そして、660㏄ターボの限られたパワーは、日常からフルに使い切れるので、法定速度内でも、エンジンを高回転まで使う楽しさが味わえるのも嬉しいところ。一気に吹け上る元気のよいエンジンは、小さくともパワードバイホンダであることをしっかりと教えてくれるのだ。

先にモデューロXは特別なS660と紹介したが、それは角が取れたしなやかな動きとして表れる。特に高速域では車両の安定性の良さが、S660よりも飛躍的に高まっている。まさに洗練されたS660である。ただし、モデューロXは、304.26万円。バージョンZで、315.04万円とお高い。しかし、専用エアロパーツやサスペンション、アルミホイールなどを別途取り付けると、これ以上の価格となるので、実は隠れたお買い得仕様でもある。しかもモデューロXに特化したパーツの多くは、市販されていない。その良さは、クルマ好きからも認知されており、既に中古が上昇してしまったS660の中でも、モデューロXは別格扱いとなり、最後の限定車であるバージョンZは、新車価格の100万円以上も高いプライスを掲げるものもあるほど。

そんな価格の話はさておき、今回、毎日のようにS660を移動の手段として活用していた。それは小さくて扱いやすいだけが理由ではない。ずっと乗っていたくなる誘惑に駆られていたからだ。正直、パワー面でいえば、私の愛車よりも低いので、加速の刺激は小さめだ。ただ日常でもしっかりとスポーツカーとして面白さが味わえるのは、S660なのだ。その魅力は、他の高価なモデルとも比べても決して見劣りしない。こんな世界にも誇れるマイクロスポーツが歴史に幕を下ろしてしまうのは、本当に残念だ。この価格で、この魅力。そんな夢を実現できるのは、世界広しと言えども、ホンダだけだろう。顧客を喜ばせることを幸せとした創業者の想いは、現代にも受け継がれていることを最も体現した存在なのだ。ホンダとは何か、そしてスポーツカーの本質をこれほど分かりやすく教えてくれるモデルはないだろう。

TEXT=大音安弘

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