1923年に山崎蒸溜所が誕生して以来、長い歴史のなかでさまざまな個性を開花させてきたジャパニーズウイスキー。東日本に蒸溜所を構えるクラフトディスティラリーズを巡りながら、これからの100年に思いを馳せてみるのもいいだろう。【特集 情熱の酒】
堅展実業 厚岸蒸溜所(北海道厚岸町)
豊かな自然環境のなかでゆっくりと育まれるテロワール
「アイラモルトのようなウイスキーをつくりたい」。それが、蒸溜所設立に際して堅展実業社長の樋田恵一氏が夢見たこと。スコットランドのアイラ島と条件の近い土地を求めて奔走した彼は、湿原に囲まれ、海霧に覆われる北海道厚岸町を挑戦の舞台として選んだ。夏の気温は25度程度まで、冬はマイナス10度台まで下がる冷涼で湿潤な気候に加え、アイラ島と同じく、ピート層を通った茶褐色の水が豊富に湧きでるこの地には、日本でアイラモルトを目指すうえで最高の条件が揃っているのだ。
2016年に操業を開始した厚岸蒸溜所の所長には、大手乳業メーカーで、乳製品の品質管理や開発を担当していた立崎勝幸氏が就任。生産、衛生、安全、労務まで、厳しい基準が設けられていた前職での経験を活かし、ウイスキーづくりをシステマチックに管理することで、ハイクオリティな原酒を安定して生産し続けることに成功。大麦や水はもちろん、ピートや樽まで、すべて厚岸産の原料を使ったウイスキーづくりにも取り組んでいる。
ベンチャーウイスキー 秩父蒸溜所(埼玉県秩父市)
誰もがその背中を追い続ける、クラフト界のパイオニア
日本におけるクラフトディスティラリーズの草分けであり、世界的なジャパニーズウイスキーブームを牽引する存在といえるのが、ベンチャーウイスキーの肥土伊知郎氏だ。父親が経営していた家業のつくり酒屋が倒産した際に、貯蔵庫に残っていた原酒をすべて買い取り、「イチローズモルト」として世に送りだした結果、世界的な評価を獲得。2008年には、満を持して秩父蒸溜所を設立した。
蒸溜所設立からわずか9年で、「イチローズモルト」は「ワールドウイスキーアワード」で世界最高賞を獲得。さらにʼ19年には、「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」で「マスター・ブレンダー・オブ・ザ・イヤー」にも選出された。小学校の体育館ほどの広さの建屋の中に、ミル、マッシュタン、ウォッシュバックやポットスチルを所狭しと並べて理想のウイスキーづくりに挑み、世界にその名を轟かせていった肥土氏の姿は、後続のクラフトディスティラリーズに多大な影響を与えている。
笹の川酒造 安積蒸溜所(福島県郡山市)
肥土氏に触発され、再稼働から6年で手にした世界一の称号
ベンチャーウイスキーの肥土氏が、父親の会社から400樽の原酒を引き取った際に、その樽の保管場所を提供したのが笹の川酒造の山口哲蔵社長だ。その酒蔵の一角で肥土氏がボトリングした「イチローズモルト」は、のちに世界を席巻することとなる。笹の川酒造も1946年からウイスキー製造を行っていたが、’80年に原酒蒸溜を停止していた。しかし肥土氏のウイスキーに対する熱い思いに共感していた山口氏は、ついに蒸溜の再開を決意。2016年には貯蔵庫に設備を導入し、安積蒸溜所として稼働を開始した。
安積蒸溜所では、発酵に清酒酵母を使用したり、熟成に日本酒を保存していたオーク樽を使用したりと、蔵元ならではの試みが行われている。’19年には、再稼働後初のシングルモルト「安積The First」をリリース。そして今年度の「ワールドウイスキーアワード」では、ブレンデッドモルトウイスキー部門で見事に世界最高賞を獲得した。
金龍 遊佐蒸溜所(山形県遊佐町)
シングルモルトにこだわる田んぼの中の小さな蒸溜所
1950年に山形県内の日本酒メーカー9社による合弁会社として創業した金龍は、醸造用アルコールの生産や、連続式蒸溜機でつくる甲類焼酎の生産を行ってきた。「世界が憧れる酒を、ここ山形から」という思いを胸に、2018年にフォーサイス社製のポットスチルを導入し、ウイスキーの蒸溜を開始。
田んぼに囲まれた長閑な風景のなか、Tiny(ちいさな)、Lovely(かわいい)、Authentic(本物の)、Supreme(最高の)の頭文字を取った「TLAS(トラス)」をコンセプトに掲げ、3年以上熟成を重ねたウイスキーだけをボトリングする。