Netflixで全世界に配信されている恋愛リアリティショー『ボーイフレンド』のMCでも話題になったドラァグクイーン、ドリアン・ロロブリジーダ。元営業マンであり、メディアでは素顔も披露する。この男は一体、何者なのか。全4回のインタビューで、その半生と素顔に迫る。第1回は、歌好きで目立ちたがり屋だった幼少期から、「戻れるなら戻りたい」という学生時代、ドラァグクイーンとの出会いまでを聞いた。#他の記事

「ドラァグクイーン姿も、すっぴん姿も。お求めいただけるなら、どちらでも」
長いドレスの裾を「引きずる」という意味の「drag」から生まれたという呼び名、「ドラァグクイーン」。その名に相応しくロングドレスを翻し現れたのは、ドラァグクイーン、ドリアン・ロロブリジーダだ。
ガッチリとした体格、そのボディラインにドレスが妖艶にまとわりつき、メイクで強調された口元と目元に漂う微笑みは、こちらを挑発するようにも、あるいは慈愛に満ちた菩薩のようにも見える。
「ドラァグクイーン、初めてご覧になりますか? では驚きましたでしょ? こうやって写真を撮っていただくとなんだか巨大な戦闘ロボみたいですわね」

現場で感じた迫力をそのまま表現しようと、カメラマンはドリアン氏を見上げるようにして撮影。ドリアン氏は身長181cm。そこにハイヒールを履き、さらに天に立ち昇るような高さのあるウィッグ。実際に本人を前にしたときの迫力は、まさにこの写真から伝わる印象に近いものがある。
「広義でいうとドラァグクイーンというのは、派手なメイクをして派手な衣装を着て、さまざまな場所でパフォーマンスをするという、まぁパフォーマーです。でも私にとっては、派手な格好をしてする『大女優ごっこ』。
ふだんと違う人格をこの衣装とメイクで降臨させるのではなくて、私、大竹正輝という人間がこの『大女優ごっこ』『DIVAごっこ』『スーパーモデルごっこ』をしている、そういう感覚です。だから『ドリアン・ロロブリジーダ』と名乗っていますけれど、特にドラァグクイーンとしての別人格があるわけでもない。ずっと私は大竹正輝であり、大竹正輝はドリアンなわけで、そこに差はあまりないんです」
ドリアン・ロロブリジーダであり、その正体は大竹正輝、41歳。
かつては化粧品会社やアパレル会社で営業マンやPRとして活躍。会社員生活とドラァグクイーンの活動を両立してきた経験も持つ。2020年からはドラァグクイーン1本で生計を成している。
その名を広く知られるきっかけとなったのが、MCを務める男性同士の恋愛リアリティショー『ボーイフレンド』(Netflix)である。同性同士の恋愛の機微をわかりやすく説明し、登場人物ひとりひとりを慮る言葉に、多くの視聴者が胸を打たれた。
『ボーイフレンド』ではドラァグクイーンの衣装とメイクで出演することもあれば、短髪にスーツの大竹正輝として出演することも。本人のYouTubeチャンネルではドリアンメイクでも、すっぴんの大竹正輝としても登場。さらには、大竹正輝からドリアン・ロロブリジーダに変身するメイク動画までも公開している。
立ち現れる姿は、ドラァグクイーンでもあり、ひとりの男性でもあり、そこに境界線はない。
「まぁ、私って本当に意地汚いので使えるものはすべて使おうということで、ドラァグクイーン姿も、すっぴん姿も、お求めいただけるなら、どちらもメニューとして取り揃えていますという感じなんです。
ドリアンと大竹、外から見る分には随分印象が違うかもしれませんが、内側からだとどちらも同じ。私からしたらドリアンになると、つけまつげで若干、視界が悪くなるくらい(笑)。それくらいで別に変わらないものなんです」
近年は俳優としても活躍。鈴木亮平、宮沢氷魚が出演する映画『エゴイスト』、2026年12月公開の大泉洋主演映画『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』、10月からのドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』(テレビ朝日系)にも出演する。ドラァグクイーンとしては、2026年で活動20周年を迎えた。
ドリアン・ロロブリジーダとして、そして大竹正輝として。活躍の場を広げるその男はどうやって今の姿になっていったのか。ドリアン氏はまずその生い立ちを語り始めた。

「面白いほうが偉い」をカタチ作った学生時代
「目立ちたがり屋で、お調子者で、歌うのが大好き。3歳ぐらいから、家族の前でリサイタルをしていたみたいなので。本当に、三つ子の魂百までという感じですよね」
兄がふたりいる三男として育ったドリアン氏。どこにでもいるような普通の、元気な男の子だった。母は歌うことが、父は映画を見ることが大好きで家のなかには常にエンタテインメントがあった。
「今のドリアンの原型が生まれたのが、父の転勤で3年間暮らした香港でした。当時香港はイギリス領、さまざまな文化が煌びやかに入り混じっていて。そういう街で暮らしていくなかで、『面白いほうがカッコいい』という気持ちが強くなっていったんです。お調子者ではずっとあったんですけれど、香港時代から、さらに奇をてらいたくなったんですよね」
日本に戻ってからは、男女別学(男女で校舎が別々)の進学校へ中高と通った。
ほぼ男子校であり、サッカーや野球の強豪校でもあった。そういう、いわゆる「男性型」のコミュニティのなかで、マイノリティを自認する人間は過ごしにくかったのではないかと思ってしまうが。
「いえいえ、戻れるならあの日に帰りたいと思うくらい、学生時代は楽しかったです。男子校ノリも好きだったし、私が入っていた吹奏楽部は男女混合で、共学の雰囲気も味わえました。高校2年生の時には、部の定期演奏会でブラスバンドをバックにひとりで歌ったりして、もうそれはそれは謳歌していましたよ。女の子ともしょっちゅう絡んでいたので、逆に女ったらしだと思われていたんです。女の子に対して別に緊張もしないので、それが逆効果になったのかと(笑)」

ドリアン氏はどんな時も笑顔を絶やさない。相手の言ったことを否定しない。
「マイノリティは生きづらい」「つらい経験をしてきたに違いない」というこちらのある種の偏見にも、嫌悪感を見せず、笑い飛ばす。
「まぁ、3回くらい上履きが学校の隣にある貯水池に捨てられていたことは、確かにありました。でも、それって楽しそうに学校生活を送っている私に対しての妬みだと本気で思っていたんです。友達もそう考える子が多かったので『俺の靴、あそこにあるよ』なんて、みんなでケタケタ笑っていましたね。
それが立て続けに起きたり、一緒に笑ってくれる友達がいなかったら、違ったかもしれません。でも私は、いつも友達と楽しくやっていたので。もしかしたら勝手に記憶が書き換わっているだけかもしれませんけど(笑)」
「なんてカッコいいんだ」ドラァグクイーンとの衝撃的な出会い
男性が好きかもしれない、芽生えたそういう気持ちは、学生生活のなかには持ち込まなかった。中学の終わり頃からインターネットを通じてゲイの人たちと知り合うようになり、高校時代には、近隣に暮らす年上のゲイたちの集まりに参加するように。
「同じ沿線の数駅の範囲に住んでいる、23歳から40歳くらいまでのゲイのお姉さんたちと、掲示板でやりとりをしたり、お茶をしたり、ご飯を食べたりしていて。そこにお邪魔するようになって、すごく世界が広がりました」
その「お姉さんたち」にクイア文学やカルチャーを叩き込まれ、のめり込んでいく。
「『山崎豊子は知ってるの?』『谷崎は?』『三島はもちろん読んでるわよね』なんて言われて。なんだろう、それ、と思いながらこっそり読んでみたら、『面白いじゃない』って。映画も、昔の大映の作品や白黒映画など、『これを知ってる?』とたくさん教わりました」
幼い頃から父と見ていた映画の世界が、「お姉さんたち」との出会いによって、奥行きを増していった。気になる女優がいれば、ほかの出演作も調べ、ひとつずつ見ていく。好きなものを起点に知識を広げていくことが、楽しかった。
そして、その「お姉さんたち」のひとりが、あるパーティーにドラァグクイーンの姿で現れたのだ。
「それを見た時に、『なんてカッコいいんだ』と思ったんです。本当に雷に打たれたようで。自分もやってみたい、なってみたいと思って、見よう見まねでメイクの練習を始めた。それが最初でした」
インタビュー第2回では、大竹青年がいかにしてドラァグクイーンになっていったのかを紐解く。

1984年東京都生まれ。2006年にドラァグクイーンとしてデビュー。会社員との両立を経て、2020年に独立。Netflixの恋愛リアリティショー『ボーイフレンド』のMCを務めるほか、映画『エゴイスト』(2023年)に出演するなど、歌手・俳優としても活躍。2026年10月には札幌・大阪・東京で活動20周年記念公演「The Entertainment!! 20th Anniversary Special」を開催。12月25日公開の映画『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』にも出演する。年末にかけて初のソロミニアルバムをリリースし、2027年には同作を携えた全国ツアーを予定している。

