多くの飲食店や商業施設を手がける森田恭通氏。「たとえ形が残らなくても、人の心に残り続けるものはある」と話す。そこに必要とされるものは何なのかを考えた。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である」Vol.33。【過去の連載記事】
伝統と革新、現代に生き残る術
ずっと通い続ける店はどこかと聞かれ、日頃親しむ店を思い浮かべながらもふと頭に浮かぶのは、何十年も通い続けるこぢんまりとしたバーの佇まいです。ひとりでふらりと行けて、自分をリセットできる店。マスターの饒舌な話が楽しく、たまに見たことがないお酒を出して驚かせてくれる。いつ訪ねても変わらない、不思議な安心感のある店です。
さて、長い間その土地に根づき、愛される店にはどんな要素があるのでしょうか。変化の激しい昨今。常に変化が求められ、注目の新しい店がオープンすれば誰もが行ってみたいという欲望に駆られます。とはいえ、新しい店だけではなく、みんながホッとできるホームタウンのような店が存在するのも事実です。
世の中にはいつまでも変わらないもの、常に変化するものの両極があり、どちらがいいというものではありません。ただ老舗と呼ばれるものを築いた方や会社は、外からわからなくとも、新しいものにチャレンジしたり、日々、絶えることなく努力を積み重ねていらっしゃいます。
新たな流れを生みだそうとし、さまざまなことに挑まれることもあるかと思います。でもどのようなスタイルを生みだすにせよ、必ず原点はあり、哲学を理解し継承された伝統を敬う姿勢がなければ、その時だけのパフォーマンスに終わってしまう。そう考えると伝統的なものと新しいものは、紙一重のような気もします。例えば、伝統のあるメゾンでも、毎シーズン新しいものを発表しながら、根底には変わることのない“哲学”が基礎としてあり、新たな時代を提案しています。
会社もそう。日本において30年以上経営が続く会社は、ほんのわずかだそうです。企業というのは常に変化が必要とされつつも、それだけを追い求めてしまうと、逆に社会と乖離(かいり)してしまう可能性がある。そのさじ加減は経営者の哲学と、先見の明にかかっているともいえます。つまり、しっかりとした基盤を持ち、なおかつ時代を読む力がないと、革新は起こせないのではないでしょうか。
安藤忠雄氏が改装を手がけた、フランソワ・アンリ・ピノー氏の個人コレクションが並ぶ私設美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」は、まさに伝統と革新を体現する空間です。2021年に完成して以来、パリへ行くたびに足を運んでいるのですが、18世紀に穀物取引所として使用されていた歴史的建造物が21世紀に生まれ変わり、再び新しい伝統をつくっていく場所になったことは本当に素晴らしいことです。
僕も誰かに必要とされ残されていく何かを生みだしたいと願ってデザインに取り組んでいますが、建物の取り壊しなどの諸条件によって残らないこともあります。そんな時は、形が残らなくとも人の心に残り、新たな文化へとつなげていけることも大事なのだ、と考えています。
モノが溢れる世の中だからこそ、たとえ、形が残らなかったとしても、人の心に残るものをつくる。そのような心構えで日々を過ごしていくことが僕自身の課題でもあるのです。
Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍する傍ら、2015年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」を主宰。