PERSON

2022.11.03

日本ハム・加藤貴之が、社会人時代から決して速くない球で打者を翻弄していた理由

圧巻の幕切れとなった2022年のプロ野球。そんな中、球界で72年ぶりの快挙である、年間与四球11というプロ野球記録を達成した日本ハム・加藤貴之。今回は、そんな加藤貴之がスターとなる前夜に迫る。連載「スターたちの夜明け前」とは……

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72年ぶりにプロ野球記録を達成した日ハム・加藤が、打者を手玉にとる秘密

セ・リーグでは村上宗隆(ヤクルト)の令和初の三冠王、そして日本人選手最多記録となる56本塁打が大きな話題となったが、一方のパ・リーグでも2022年大記録が誕生した。

加藤貴之(日本ハム)がシーズン年間与四球11というプロ野球記録を達成したのだ。これまでの記録は1950年に野口二郎(阪急)がマークした14であり、実に72年ぶりの快挙である。

ちなみに’22年の加藤が登板したイニング数は147回2/3であり、1試合あたりの与四球率は0.67という驚異的な数字となっている。この活躍もあって、チームを指揮する新庄剛志監督は、2023年開場する新球場での開幕投手に加藤を指名したことでも大きな話題となった。

そんな加藤だが、プロ入り前は決して有名な選手だったわけではない。高校時代は千葉の強豪である拓大紅陵でプレーしていたものの甲子園や関東大会の大きな大会の出場はなく、卒業後には打撃を評価されて野手として社会人野球のかずさマジック(現・日本製鉄かずさマジック)に入団。

3年目に投手に再転向したという異色の経歴を持っている。初めてそのピッチングを見たのは投手転向1年目の’13年6月に行われた都市対抗予選の対日本通運戦だったが、6回ツーアウトから左打者へのワンポイントリリーフで起用されただけで、全く印象に残っていない。

ようやく注目選手として認識するようになったのは翌‘17年7月21日に行われた都市対抗野球、永和商事とのピッチングを見てからである。この試合、先発のマウンドに上がった加藤は3回まで一人の走者も許さない完璧な立ち上がりを披露。

4回ツーアウトからヒットを連打を許して初めてのピンチを迎えたものの、後続打者を三振に抑え、最終的に7回を被安打4、1四球、8奪三振で無失点の好投でチームを勝利に導いたのだ。ただこの時のストレートの最速は140キロと決して速かったわけではない。それでも打たれない秘密はフォームにあり、当時のノートにも以下のようなメモが残っている。

「長所はボールの出所が見づらいところ。テイクバックで上手く肘をたたみ、ぎりぎりまで右肩が開かず、意図的にボールを隠しているように見える。もう一つ目立つのがフォームのリズム。右足をゆったりと上げて、踏み出すまでにも粘りがあり、途中から鋭く体を回転させるのでいきなりボールが出てくるように感じる。130キロ台後半のストレートでも打者が差し込まれることが多い」

プロに入り急成長した、コントロールと緩急

実際にこの日奪った8個の三振のうち、6個を空振りで記録している。ただ物足りなかった部分もあったことは確かで、以下のようなメモも残っている。

「投げ終わった後に体が三塁側に流れるので、左右のコントロールは少しばらつきがある。(中略)大小2つのスライダー、130キロ台のフォークを上手く操るが、ボール自体の力はないので甘く入ると芯でとらえられる。このくらいの球威であれば、もっと緻密な制球力と緩急が欲しい」

実際、この後にリリーフとして登板した東京ガス戦では1回1/3を投げて2失点と打ち込まれており、翌年は都市対抗出場も逃している。最終的には‘15年のドラフト2位という順位でプロ入りしているが、正直想像していたよりも評価が高くて驚いたことをよく覚えている。

ただそんな懸念をよそに、1年目から一軍で7勝と活躍を見せると、その後苦しんだ時期はあったものの、過去2年間は先発として申し分ない成績を残している。現在もストレートは140キロ前後とスピードアップしたわけではなく、社会人時代に課題と見られていた緻密なコントロールと緩急が大きく改善したことがプロでの大活躍に繋がっている大きな要因といえそうだ。

現在の野球界はプロもアマチュアも高速化の波が激しく、高校生でも150キロ以上のストレートを投げるピッチャーは珍しくなくなっている。しかしその一方で140キロ程度のスピードしかなくても、これだけ活躍できる加藤の存在は、多くの選手の希望にもなっているのではないだろうか。来年も新球場で抜群のコントロールを武器に、プロの強打者を抑え込むピッチングを見せてくれることを期待したい。

Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てる!

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TEXT=西尾典文

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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