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2022.05.29

【SAMURAI佐藤悦子・後編】佐藤可士和を焚きつけた息子のひと言──連載「イノベーターの子育て論」Vol.14

日本のビジネス界やエンタメ界を牽引するイノベーターたちの“子育て論”に迫る本連載。第14回は、シリーズ初となる“母”として、SAMURAIのマネージャー、佐藤悦子さんが登場。クリエイティブディレクター、佐藤可士和氏との間に生まれた高校1年生になるひとり息子は思春期に突入。後編では、思春期を迎えた息子との関係、仕事を持つ母としての葛藤について語ってもらった。前編はこちら【連載 イノベーターの子育て論はこちら】

佐藤悦子04

私は子供にかける時間も気合も足りない?

多数の企業や団体をクライアントに持つSAMURAIで、プロジェクトのマネージメントやプロデュースを務める佐藤悦子さん。日々の業務だけでなく、佐藤可士和氏に同行して国内外に出張するなど、“多忙なママ”ゆえの悩みはあったのだろうか。

「それは、もちろん! 子供が最優先だというのは、一度としてぶれたことはないのですが、それは精神的なことであって、物理的には、そうできないことも多かったですね。とくに息子が小さい時は、ママ友と自分を比べ、『私は、子供にかける時間も気合も足りないダメ親だ』と、しょっちゅう落ち込んでいました。仕事に出かける際、息子に『一緒に行く』と泣かれたこともありましたしね。

それもあって、外出する時は、息子にその事情をきちんと説明していました。そうしないと、きっと息子は『いつ帰ってくるんだろう』と不安になると思ったので。ママがいつもそばにいてくれるなら、そんな説明なんてしなくても、子供は『ママはそのうち帰ってくる』と思っているのでしょうね……。そういった安心感は、息子に与えられなかったなと、思います。

息子からは、『あの時寂しかった』なんてことを言われたことはありませんが、実際どう思っているのでしょうね。もっとも今は、親が家にいない方がいいというような年齢ですが(笑)」

親が子供に背中を押されることもある

息子が声変わりを迎えた頃から、母子関係は、少しずつ変化してきた。学校の様子などをたずねても、返ってくるのは、「別に普通」という、“中高生男子あるある”のフレーズ。

「『普通って何!?』という感じですよね(笑)。でも、自分自身を振り返っても、中高生の頃は、親がうっとうしい時期。ましてや男の子ですからね。いろいろ気になっても、あまりガミガミ言うのは控えています。ただ、息子には、『何も言わないからといって、関心がないわけじゃない。(何も言わなくても)基本的には大丈夫だと信じているし、いつも見守っているから』とは、告げています。

そうしたのは、私の性格もありますし、息子のキャラクターを考えてのことでもあります。なかには、思春期になっても、母子関係が変わらず、お互いに言いたいことが言い合えるご家庭もあるでしょう。子育ては、その家族にあった方法をとるのが一番ではないかと思います」

佐藤悦子05

中学時代は「勉強しなさい」より、「中学生活を思い切り楽しんで」と言ってきたというが、今春、高校に入学したばかりなこともあり、「次のテスト結果次第で、もっと勉強してと言うか言わないかを決めます(笑)」とも。

親離れしつつある子供の手を、母が上手に離しつつある一方で、父である佐藤氏もまた、息子と新たな関係を築いているようだ。

「ここ1、2年、私が夜に外出しなければならない時は、ふたりで食事に出かけるようになりました。男同士、いろんな話をするらしく、佐藤はそれをすごく楽しみにしているんですよ」

たとえば、2021年、国立新美術館で開催された『佐藤可士和展』で、SMAPや極生の展示を観た後のこと。息子の口から発せられたのは、「まだSNSがなかった時代に、今でいうバズるということを考えたのはすごい。でも、今は時代の進み方がものすごく早いから、今の空気を読んで、そのちょっと先を提示しているだけだと、そのうち追いつかれるよ。クライアントワークだけでなく、もっと自分自身の表現を突き詰めて『100年先に、世界中の何人かしか理解できなくてもいい』というくらいの想いで何かをつくることもやっていった方がいい」という言葉だったとか!

「話題になったり、ビジネス的な結果が出るということだけではなく、自分にしかできない表現をもっと追求しなければならないのではないか。もちろん佐藤も考えてはいましたが、メインの活動であるブランディングの仕事以外の、自分のクリエイションに時間を費やすことには迷いもあったようで……。だから、息子に背中を押してもらった気がしたのでしょう。『お前、すごいな! 成長したな!』と、思わず、その場で握手したそうです」

クリエイティブの火を消さないために、挑戦を促す

息子は、幼稚園の頃から絵を描くことに夢中になり、全日本学生美術展に、小学1年から6年まで入選するなど、その才能をいかんなく発揮。一方で、中学のクラブ活動で始めたマジックにも傾倒し、高校でも週に3日、部活でマジックの腕を磨いている。ただ、クラブの活動日とアトリエに通う日が重なってしまったこともあり、今年は、中学生の間入選していたコンクールへの応募を断念することに。

「クリエイティブの火は、灯す努力をし続けていないと消えてしまいます。それで、今年は絵画ではない新たなコンクールへの挑戦を息子に勧めたところ、その場で黙り込んでしまって。よけいなことを言ってしまったかなと思ったのですが、後日、佐藤と息子がふたりで食事に行った時、『あの時、テーマを聞いて、どんな作品がつくれるか、それでいけるのか、すごく考えていた』と言ったそうです。息子にとって表現とは、そこまでのものになっていたんだなと、彼の成長を感じました」

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息子が7歳の時、初めて全日本学生美術展で2作品入賞した時の3ショット。「息子が4歳くらいの時、たまたま佐藤が手がけたキャラクターを描いていたら、佐藤が『こう描くんだよ』と手を出してしまって。息子はそれがショックで、しばらく絵から遠ざかってしまいました。あれは大失敗でした(苦笑)」

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中学生の時の作品。「息子に、絵を描くという、夢中になれ、かつ自信が持てるものができたのは親として嬉しいですね。マジックにも熱中していますが、それも、自分自身の表現のひとつだと思うので、大事にしてほしいです」

子供の中に芽吹いた才能を見逃さず、日差しがたっぷりと当たる場所と良質な土壌、良い肥料を与える。それは、悦子さんと可士和氏が大切にしている子育ての軸だ。そしてそれは、子供が巣立つまで、続けることに意味があるのかもしれない。

「息子が小さい時、とある方に、『あなたたちは、人生の最も美しい時間を過ごしている』と言われ、その時はピンとこなかったのですが、今はよくわかります。だから、小さいお子さんがいらっしゃる方には、『思う存分子育てを楽しんで』と、お伝えしたいです! 私も、あと少ししか残っていないであろう子育て期間を、心から楽しみたいと思います」

前編「成長の芽を親が摘んでしまうこともある」はこちら

Etsuko Sato
早稲田大学教育学部卒業後、大手広告代理店や外資系化粧品会社のAD/PRマネージャーを経て、2001年、SAMURAIに参加。マネージャーとして、さまざまなプロジェクトのマネージメント&プロデュースに携わる。著書に『SAMURAI 佐藤可士和のつくり方 改訂新版』(誠文堂新光社)、『子どもに体験させたい20のこと:想像力を限りなく刺激する!』(筑摩書房)など。

【連載 イノベーターの子育て論はこちら】

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=田中駿伍(MAETTICO)

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