稀代のカリスマがこの世を去って10年。生前、多忙な合間を縫って幾度となく訪れていたという場所がある。それが京都だ。そこには禅の教えを重んじたジョブズの生き方の指針があった。
龍安寺、西芳寺、蕎麦処まで。スティーブ・ジョブズが共鳴した京都
1985年、アップル社は赤字に転落。スティーブ・ジョブズは全責任を押しつけられ、会社を追いだされてしまう。だが、ジョブズは不屈の闘志で立ち上がり、同年にネクスト社を設立。翌年にはルーカスフィルムのコンピュータ関連部門を買収してピクサーを立ち上げ、巨大な資産を形成していく。’96年にはOS開発が暗礁に乗り上げたアップル社に復帰。実権を掌握した。
ジョブズは20代の頃からカリフォルニア州ロスアルトス市にある「俳句禅堂」に通い、乙川弘文老師の教えを受けていた。
「シンプルであることは、複雑であることより難しい」「ハングリーであれ、愚か者であれ」「内なる声を聴け」
ジョブズの言動、そして生き方には禅宗の教えが表れていく。そして禅に惹かれたジョブズの興味は、京都へと向かう。
「仏教、とくに日本の禅宗はすばらしく美的だと僕は思う。なかでも、京都にあるたくさんの庭園がすばらしい。その文化が醸しだすものに深く心を動かされる。これは禅宗から来るものだ」(自伝『スティーブ・ジョブズ』より)
清水寺、金閣寺など有名な社寺を訪ね、特に気に入ったのが龍安寺(りょうあんじ)と西芳寺(さいほうじ) 。龍安寺は石や砂を配して自然や宇宙を表現した枯山水の庭で名高い。庭に配された15の石を眺めながら、ジョブズは思索に耽ったという。
西芳寺には娘のエリンとともに訪ねた。
「エリンがとくに気に入ったのは苔寺として知られる西芳寺。黄金池を中心に広がる庭に100種類以上もの苔が生えている」(自伝『スティーブ・ジョブズⅡ』より)
京都で出会った料理もジョブズは気に入った。江戸時代から続く老舗『晦庵河道屋(みそかあんかわみちや) 』は、度々訪れ、生涯愛し続けた蕎麦処。自他ともに認める蕎麦好きのジョブズは、アップル社の社員食堂に「刺身そば」というメニューを作らせたという逸話もある。鮨は渉成園(しょうせいえん)近くの『すし岩』を絶賛。カマトロをひとりで6貫食べたそうだ。
ジョブズは亡くなる前年の2010年の夏に京都を訪問している。病を患い、「京都に来るのはこれで最後になるかもしれない」と周囲に漏らしていた。死を予感するなか、ジョブズは禅の最終目的地であるニルバーナ(悟りの境地)へ辿りつけたのだろうか。それとも今も答えを探して、あの世から京都を見下ろしているのかもしれない。
Steve Jobs
1955年サンフランシスコ生まれ。’76年、スティーブ・ウォズニアックとともにアップル社を設立し、Mac、iPod、iPhoneといった画期的なアイテムを生みだし続けた時代の革命児。2011年10月5日死去。その生き様は今なお語り継がれる。
Illustration=星野ちいこ