どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。今回は牧秀悟(DeNA)の夜明け前。連載【スターたちの夜明け前】
2019年8月26日 中央大3年時 対高校日本代表との壮行試合
空前のルーキー当たり年と言われた2021年シーズンだが、野手でナンバーワンの成績を残した選手と言えば牧秀悟(DeNA)になるだろう。外国人野手の来日が遅れていたこともあったが、開幕戦でいきなり3番に抜擢されてヒットを量産すると、8月25日の阪神戦ではサイクルヒットを達成。同じ大学卒の佐藤輝明(阪神)が後半戦に失速したのとは対照的に夏場以降も更に調子を上げ、最終的にはリーグ3位となる打率.314をマークするなど新人離れした成績を残して見せた。この原稿を書いている時点ではまだ新人王は発表されていないが、栗林良吏(広島)にタイトルは譲ったとしても、その活躍ぶりを考えると特別表彰などを受ける可能性は極めて高いだろう。
そんな牧の存在を知ったのは松本第一でプレーしていた'16年のことである。残念ながら高校時代のプレーを見る機会はなかったが、当時DeNAで東海と北信を担当していた大久保弘司スカウト(現プロスカウト)から、「高校から直接プロ入りは微妙なラインだが、大学なら強豪チームでもすぐレギュラーになれる」という話を聞いたのをよく覚えている。そして実際にプレーする牧の姿を初めて見たのは翌'17年4月4日、東都大学野球一部の開幕戦、日本大と中央大の試合だった。大久保スカウトの話していた通り、牧は1年生ながら中央大の7番、ショートで先発出場。シートノックからとても入学したばかりの選手とは思えない落ち着きを見せており、当時のノートにも『難しいバウンドも細かいステップで落ち着いて処理できる。肩の強さも申し分なく、東都一部の中でも上位レベル』と記している。またバッティングでも第4打席に少し詰まりながらもライト前に弾き返すリーグ戦初安打をマーク。第2打席のサードゴロでの一塁到達タイムは右打者としては十分速い部類に入る4.19秒を記録しており、走攻守全てで高いレベルにあることを示していた。
その後も1年春に1試合出場のなかった試合はあったが、基本的にレギュラーとしてプレーし続けていたこともあって牧のプレーを見る機会は非常に多かった。そしてその大半の試合で結果を残しているイメージが強い。今回改めて調べてみたところリーグ戦、オープン戦、大学日本代表候補としての試合など全て含めると、牧が出場した試合を21試合見ていたが、そのうち16試合でヒットを放っている。打率1割台に終わった2年春はノーヒットの試合も多く、ドラフト直前の4年秋は厳しいマークもあって長打は出なかったが、それでもここまで安定して打ち続けられる選手はそう多くはない。
満員のスタンドで大活躍できる強心臓
そしてそんな牧がドラフト上位候補としてその実力を天下に知らしめたのが’19年8月26日に行われた大学日本代表と高校日本代表が対戦した壮行試合だ。牧は当時3年生ながら大学日本代表の4番として出場。第2打席で宮城大弥(興南・現オリックス)からレフトへのタイムリーツーベースを放つと、続く打席では西純矢(創志学園・現阪神)からレフトスタンドへ叩き込んで見せたのだ。相手は高校生とは言え、ともにドラフト1位でプロ入りしている投手であり、この試合でも宮城は148キロ、西は151キロをマークしている。普段東都大学一部で対戦している投手よりも高レベルであることは間違いないだろう。
そしてこの試合には佐々木朗希(大船渡・現ロッテ)が先発することもあってスタンドは満員となり、プロ12球団のスカウトも集結していたが、そんな高い注目の中でも力を発揮できるというのは並の実力とメンタリティではない。そしてこの試合をきっかけに牧は更に高い注目を浴びることとなったが、3年秋のリーグ戦でもチームを優勝に導き、MVPとベストナインを受賞している。4年春はコロナで中止となり、秋のリーグ戦開幕も遅れたが、通常通りの開催であればもっと騒がれる存在となっていた可能性は高いだろう。
そんな注目されるプレッシャーに対する強さはプロ入り後も発揮されている。'21年10月19日の巨人戦終了時点で牧の打率は.301となり、既に規定打席にも到達していたことからシーズン終了時点での打率3割を狙うのであれば残り試合を欠場するという選択肢もあったが、そこからの5試合で12本ものヒットを放ち、首位打者にあと一歩まで迫ったのだ。これも並のルーキーでは考えられないことである。今年の活躍から今後は更にマークが厳しくなることが予想されるが、そんな中でもどんな成績を残してくれるのか。来年も牧のバットから目が離せない。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。