時代を超えた至高のヴィンテージには、現存するだけの価値、いい物語が紡がれている。仕事人6名が愛でる、古き良き逸品とのグッドストーリーとはーー。
誰がどう所有したかという物語こそヴィンテージの魅力
コレクションとしてではなく、道具としてのヴィンテージアイテムに囲まれた生活を送るのが、美食評論家やコラムニストとして活躍する中村孝則さんだ。
自宅は築45年ほどのヴィンテージマンションで、リビングを見渡せば、家具や照明、床に敷かれたラグ、本棚に収められた書籍など、そこにあるほとんどのものが、長い年月がもたらした深い味わいを纏(まと)っている。ピカピカの現行品は、仕事用のパソコンくらいしか見当たらない。その理由について中村さんは、ヴィンテージのアイテムには、誰がどのように使ってきたのかなどの物語が内包されていたり、素材の経年変化からこれまでの長い歩みを想像して楽しめるからだ、と話す。
なかでもそれを象徴するのが、合金のクロモリフレームをベースとしたヴィンテージの自転車だ。イタリアの工房NERVEXで作られたというトップチューブが地面と平行のホリゾンタルフレームに、1970年代から80年代に作られたイタリア・カンパニョーロ社のディレイラー(変速機)を搭載した1台がそれ。塗装が色あせ、所々剥がれたヤレ感がたまらない。実はこの自転車、今から25年ほど前にスイス・チューリヒの蚤の市で衝動買いしたものだ。
「元の持ち主は卒業目前のチューリヒ大学の学生でした。彼は引っ越し費用を節約するために荷物を減らさなければならず、この自転車を破格の値段で売っていたんです。日本への輸送費のほうが何十倍もかかりました(笑)。高低差のあるチューリヒの地形に合わせてギア比が高く、当時住んでいた代官山の地形との相性もよかったんです」
こんなエピソードこそ、中村さんがヴィンテージアイテムに惹かれる理由のひとつだが、当然ながらモノとしても現行品にはない魅力を感じている。
「昔ながらのクロモリフレームは重いこともあり、実用性に関しては、アルミやカーボンフレームを使った最新の自転車のほうが当然優れています。でも、この自転車は、一速ずつ確かめながらギアを変える変速機のガチャガチャ感や、自転車を操っている感覚があり、乗っていること自体が楽しいんです。クルマで言えば、ヒストリックカーに乗るようなものですね」
また、愛用するダブルのスーツは10年ほど前にドーメルで誂(あつら)えたものだが、実は使っている生地は1920年代から30年代のデッドストックだ。
「青山の直営店を訪れたら、たまたま倉庫に眠っていた生地が置いてあったんです。独特の風合いや色味が気に入り、その生地でスーツを作ってもらいました。生地が織られた当時の雰囲気に合わせて、パンツの裾はフレア気味に仕立てています」
オリジナルを大切にするようなヴィンテージの楽しみ方がある一方、戦前の生地でスーツを作るなど遊び心を交えて自分のものにしていくのも中村流だ。必要以上にブランドにはこだわらず、海外に行った際はアンティークマーケットやバザーに、国内の地方を訪れた際は骨董屋やヴィンテージショップに足繁く通い、部屋の雰囲気や暮らしに合うモノを連れて帰ってくる。古今東西さまざまなモノがひとつの空間に置かれていても、全体として調和がとれているのは、余計な情報にとらわれず、モノの本質に向き合って選んでいるがゆえのことかもしれない。
自宅には茶室を設(しつら)え、そこで茶会を開くこともある茶人であり、竹刀を握れば、教士7段の現役剣士でもある中村さん。日本の歴史や伝統を重んじる男が、ヴィンテージアイテムを好むのは必然の流れなのである。
TAKANORI NAKAMURA
1964年神奈川県生まれ。美食評論家、コラムニスト。ラグジュアリー・ライフをテーマにした執筆やメディア出演などで活躍中。「世界ベストレストラン50」、「アジアベストレストラン50」の日本評議委員長。剣道教士7段。「大日本茶道学会」茶道教授。詳しくはこちら。
1920年代~’30年代 ドーメルの生地で仕立てたスーツ
「スポーテックス バイ ドーメルの生地を使って仕立てたスーツで、戦前に織られた生地の雰囲気が、エミリオ・プッチのヴィンテージタイともよく合います」
1970年代~’80年代 クロモリフレームの自転車
「スイスのチューリヒの蚤の市で購入したあと、東京で分解掃除とフルレストアをしています。クロモリの自転車は、現行のものと乗り味が違って楽しいです」
1970年代 北欧のソファ&テーブル
「用賀のTOKYO RECYCLE imptionで購入したものです。照明や棚もヴィンテージで、それぞれ別の店で手にいれました。蘊蓄(うんちく)よりも雰囲気最優先で選びます」