苦楽をともにした仲間、憧れのアートピース。椅子とは座るための単なる道具ではなく、その存在を紐解けば、人生の相棒とも呼べる存在であることがわかる。大相撲力士・貴景勝関にとっての愛でる椅子とは「座布団」だった。そのストーリーとは? 「最高の仕事を生む椅子」特集はこちら!
「引退時まで使う」と断言する人生の相棒
現在の大相撲界を支える看板力士のひとりである貴景勝関。若き大関にとって、取組前に土俵下の控えで座布団に座る行為とは「勝負に向けた最も大切な時間」なのだという。
「座布団の上で取組のイメージを頭のなかで何度も描き、気持ちを落ち着かせ、最後の準備をしています。座りながら対戦力士とも正対していますし、目力で負けないようにとか、相手の心理を読んだりとか、そこから駆け引きが始まっていますね」
そもそも、本場所で自分専用の座布団を使えるのは番付上位の幕内42人のみ。計650人以上いる力士にとって、MY座布団を持つというのは憧れであり、出世の証しなのだ。貴景勝関は2017年に20歳で入幕。当時在籍していた貴乃花一門(現在は消滅)の有志から四股名(しこな)入りの黒い座布団を贈呈され、別の一門所属となった現在でも一貫して同じものを使い続ける。
「色も好きだし、全然へたれない。力士にとって座布団というのは勝負道具のひとつであり、強くならないと座れないもの。いい時も悪い時もこの黒い座布団を使ってきた。引退する時まで使い続けるつもりです」
膝の状態が万全の時、座布団の前で深く蹲踞(そんきょ)してから尻もちをつくように"ポンッ"と座るのが、貴景勝スタイルだ。
「自分の感覚と身体の調子を知るために同じ座り方をしています。ぴしっと座れた時は調子がいい。座布団が曲がってしまう時は身体のバランスが悪い。下半身の筋肉の硬さや柔らかさが、座布団を通して均等に感じられるように普段から身体づくりを心がけています」
勝負への気持ちを高めるため、身体の調子を知るため、そして山あり谷ありの相撲人生の相棒として、座布団は絶対に欠かせないアイテムなのだ。
TAKAKEISHO
1996年兵庫県生まれ。埼玉栄高から2014年に貴乃花部屋入門。’17年初場所に幕内に昇進し、小結だった’18年九州場所で初優勝。’19年春場所後から大関を務め、’20年九州場所で2度目の優勝。現在は、二所ノ関一門の常盤山部屋所属。