何もとりえのなかった僕が頂点を取れる武器が筋肉だった
「できることなら、筋肉になりたい」と話すボディビルダー横川尚隆。2016年に競技としてのボディビルを始め、’19年のJBBF日本ボディビル選手権で優勝。わずか4年間で国内の頂点に上りつめた。その圧倒的な成長スピードを考えれば、“全身筋肉”という夢もすぐにかなえられそうな気がする。
さぞかし運動神経に恵まれた万能型の肉体を持っているのだろうと思えるが、そうではない。
「小学校の時にソフトボール、中学生で野球、高校で陸上と空手、専門学校の時にはボクシングをやりましたが、何ひとつ形にならなかった。協調性がないのでチームスポーツは向かないし、ボクシングは持病の喘息もあってスタミナが続かない。でも、その後、暇つぶしに始めた筋トレにのめりこみました」
当初のトレーニングは、あくまで自己流。専門学校に無料で使えるジムがあり、トレーニングの教科書を参考に、1部位2〜3時間かけて鍛えていった。理想の肉体は、漫画『グラップラー刃牙(ばき)』に出てくる範馬(はんま)勇次郎。今も「いずれは範馬の身体を手に入れたい」と思い続ける。
「筋トレを始めて半年後に、’14年ベストフィジークジャパンに出場。2位という結果でしたが、優勝を狙っていたので悔しかったですね。だから、大会で勝つことを意識して、もっと練習をするようになった。翌年にオールジャパン メンズフィジークに出て、そこではきっちりと優勝しました。その後、ボディビルに転向し、この世界で生きていこうと決意したわけです」
ボディビルダーとして生きていく。その決意の背後には、尊敬する母への想いがあった。
「両親が離婚したこともあり、実家は貧乏。筋トレしていた専門学校時代のある日、母が家賃を払うために大切なネックレスを売ったことを知った。そんなに苦しんでいるのに、僕は遊んでばかり。自慢できる息子になってやろうとスイッチが入った」
それから、筋肉以外のことは何も考えなくなった。身体をより早く鍛えるために、他の選手の何倍もの練習をルーティン化し、黙々とこなす。食事も筋肉増加に有効なメニューを毎日同じように食べ続けた。
「曜日の感覚がなくなりましたね。毎日が同じ一日なので、曜日がわからなくなる。徹底的に身体を追いこみ、もし、それで身体が壊れてしまったら、そこまでの人間だったということ。何かを成し遂げるには、人並み外れた努力が必要なんです」