創業社長の共通点とは、なにだろうか。七転び八起きの人生、生死をかけた壮絶なる体験、事業立ち上げの苦労……。それぞれに悲喜交々(ひきこもごも)のストーリーはあるのだが、必ず持ち合わせているのが、物事を0(ゼロ)から1(イチ)へと推進させた経験だろう。連載「ゼロイチ 創業社長物語」では、そのプロセスをノンフィクションライター鈴木忠平が独自目線でひも解く。一人目はスマートエナジー社の代表取締役・大串卓矢。
空気中の汚れを察知する特殊能力
人の繁栄が地球を滅ぼすのは、避けることのできない摂理なのだろうか。この流れが終息することはないのだろうか。
大串卓矢はふと考えることがあるという。それは再生可能エネルギー事業で国内トップを走る「スマートエナジー」の創業者であるからでも、地球温暖化防止ビジネスのパイオニアだからでもない。立場によるものではなく、そうした危機感は幼い頃から抱えてきた根源的な思いだ。
東京郊外の国立市で生まれた少年は体が弱かった。小児喘息を患って、幼稚園には1年のうち3ヵ月ほどしか通えなかった。そのためほとんどの時間を家で過ごしていたが、少年にはある特殊な力があった。
《異様に鼻が敏感で室内にいても、外に車が通ると排ガスの匂いでわかるんです。家の一階にいるときはガソリン車の匂いがすることが多くて、二階にいるときはディーゼル車の匂いがしました》
「喘息には排気ガスが影響している可能性もあります」
医師のそうした言葉を耳にしていたからだろうか、他の人が意識することなく、何気なく素通りしてしまうような空気中の汚れまで見えてしまうのだった。
体は弱かったが、外で遊ぶことは好きだった。よく多摩川でザリガニを獲った。
字が読めるようになってからは宇宙について語るホーキング博士の本を読んだ。
人類が誕生する前から存在していた自然環境に、強く興味を示す子供だった。
そんな少年の愉しみは年に数回、アメリカにいる親戚のもとへ遊びに行くことだった。西海岸のシアトル郊外には広大な森林地帯があり、よくキャンプに連れていってもらった。日本で見るよりも、森はずっと深く、空のパノラマは果てしなかった。
《地球って、こんなに大きいんだと実感しました。もともと自然は好きでしたが、そこから、ますます好きになった》
そして、キャンプ場があるような森には、ほとんど必ずパーク・レンジャーと呼ばれる人たちがいた。
「この美しい自然を守っていこうーー」
彼らの言葉が心に響いた。モスグリーンの制服とテキサスハット、胸に輝くバッヂは、少年の憧れになった。
ホーキング博士との出会い
私立桐朋高校から、東京大学農学部に進んだのも、森林について学べる環境があったからだ。そこで大串は、人と森と、文明と地球との関係について深く知った。
《童話の桃太郎に、おじいさんは山へ芝刈りに—という一節がありますが、あの芝刈りというのは、薪を取りいくという意味なんです。昔の日本では、山は村の共有資産であり、そこから枯渇しないだけのエネルギーをもらって暮らしていた。再生可能なエネルギーが村の中で循環していた。それが現代は、石油のためにお金がどんどん外に出ていくようになってしまった》
文明の発展とともに循環のサイクルは崩壊し、有限資源は枯渇に向かった。無尽蔵に消費されるエネルギーの裏で環境汚染を伴うようになった。まるで、人類が自分たちの星を食い尽くしていくようにも見えた。
ホーキング博士が来日したことを知ったのは、そんなときだった。
宇宙をテーマにした講演の中で、こんな質疑が交わされた。
「今や人類は惑星間を移動できるほどの科学力を手に入れました。宇宙には、人類のような文明を持った生命体が他にも存在している可能性はありますか?」
「その可能性はあるでしょう」
「では、なぜ、その生命体は地球にやってこないのでしょうか? なぜ我々は他の惑星の生命体に出会わないでしょうか?」
「それぐらい高度な文明を持つようになると、自分たちの住んでいる星自体を破壊して、宇宙時間では一瞬とも言える時間で、星ごと消滅してしまうからです。だから、他の惑星の生命体に出会わないのです」
それは誰も実証しようのない仮説であったが、大串にとっては衝撃的だった。自分がずっと抱いてきた危機感が裏付けられたような気がした。
《このままじゃだめだ。なんとかしなければならないという思いだけは強くありました。でも、具体的に何をしようかと考えると、答えはでなかった》
世の中に出ようと就職活動を始めたとき、現実の前に愕然とさせられた。この社会には、自分がイメージするような地球環境を守る仕事はほとんど存在しなかったからだ。
《環境省の職員か、NGO(非政府・非営利組織)か、それくらいしかなかったんです》
日本はバブル景気に浮かれている時期だった。友人たちは高収入の企業を求めて、いくつもの選択肢を手にしていた。
《この企業の方が条件いいからこっちにしようと、そうやって就職していく人たちはいましたけど、自分としては何か違うんだよなあ、と思っていました》
大串のところにも、学部の先輩の父親が頭取を務める銀行から誘いがあった。
「ちゃんと、将来のコースも考えているから−−」
未来を約束してくれるような言葉ももらった。微かに心が揺れかけたが、結局は断った。豊かさを享受するよりも危機感の方が勝っていた。
だが、志のやり場は見当たらない。青年は、世の中を見渡してみて思った。
少年時代に憧れたレンジャーのような存在がいるのに、なぜ、環境は破壊され続けるのか。なぜ、地球環境を守ることは仕事として存在しないのか。
《みんな「環境が大事だ」と、口では言いますけど、実際にはお金の方が大事だという活動をしているんです。だから自然を守ろうという活動はボランティアにならざるを得ない。でも、それだと動かない。本当の意味での環境保護はできないんです》
豊かさと引き換えにしてまで環境を守ろうという者はいなかった。それが人間の性だった。大串は人と地球との矛盾した関係に直面した。
#2「環境保護ビジネスの夜明け」に続く(6月21日掲載)
Takuya Ogushi
1968年生まれ。子供の頃より環境問題に興味を持ち、地球温暖化防止をテーマとして働くことを決意。環境問題に対してビジネスのアプローチで取り組むために、公認会計士となり大手監査法人にて環境サービスを始める。その後、独立し、2007年に「脱炭素をビジネスのチカラで」をコンセプトにしたスマートエナジー社を設立。CO2削減につながる仕組みを考え、それを実現させることに生き甲斐を感じ、現在も社長として奮闘中。
Smart Energy Co.,Ltd.
2021年現在213人の社員が在籍し、CO2ゼロ社会実現に向けて活動。エンジニアが700カ所以上の風力・太陽光発電の運営を担当、ファンドマネージャーが200億円以上の省エネ・再エネ設備を管理、IT技術で15万世帯以上の電気契約をシステム処理する。社員それぞれの持つ技術・知識・経験を力に、脱炭素社会の実現を目指している。公式Instagram
Tadahira Suzuki
1977年生まれ。日刊スポーツ新聞社でプロ野球担当記者を経験した後、文藝春秋・Number編集部を経て2019年からフリーに。著書に『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』。取材・構成担当書に『清原和博 告白』『薬物依存性』がある。'20年8月から週刊文春で連載していた『嫌われた監督〜落合博満は中日をどう変えたのか〜』が、単行本として刊行予定。
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「人生に豊かさを。やりたい事、好きな事で成功を収め、社会に還元する」
東京・ロサンゼルス・ニューヨークをベースに社会的影響力の強いスポーツ、Performance & Arts、アントレプレナーの方々と共に、社会に必要とされる新たな価値創造を目指す会社。公式Instagram