PERSON

2021.06.05

初上陸から13年。bills創始者が日本で確固たる地位を築く理由【ビル・グレンジャー#1】

そのスクランブルエッグがイギリスの『The Times』紙で"世界一の卵料理"と絶賛され、トム・クルーズやヒュー・ジャックマンなどハリウッドセレブにもファンが多い「bills」。いまだに収束の気配が見えないコロナ禍の中でも果敢に挑戦することを絶やさないレストランター、ビル・グレンジャー氏を独占インタビューした。現在5ヵ国で20店舗を展開する「bills」創始者の現在・過去・未来とは――。第1回は現在編。

ビル・グレンジャー氏 (c)Anson Smart

日本のパンケーキブームを牽引

オーストラリア・シドニー発のオールデイダイニング「bills」が、海外一号店を日本にオープンしたのは、2008年のこと。以来、横浜、お台場、表参道など日本で8店舗を展開するほか、ロンドンやハワイ、ソウルにも店を構え、現在5ヵ国で20店舗をオープン。流行廃りの激しい飲食業界にあって、確固たる地位を確立している。

日本に上陸当初、とくに話題になったのが、フワッとした口溶けの「リコッタパンケーキ」だ。この味を求め「bills」に行列ができるのみならず、後を追うようにハワイやニューヨークなどの有名店が続々と進出。日本にパンケーキブームを起こした火付け役としても知られる。その人気レストランを創ったのが、レストランターのビル・グレンジャー氏である。

レストランは料理だけでなく"体験"を味わう場所

海外初出店の場所に日本を選んだのは「日本が大好きだから」と話すグレンジャー氏。
「大学時代に日本を訪れ、文化や風土、そして“人”に魅せられたんだ。妥協せず、完璧を目指す伝統工芸の在り方や、細やかな気遣いが宿る文化など、私自身の価値観や生き方と共通しているところが多々あるし、たくさんの刺激を受けてもいるよ。現在私はロンドンに住んでいるけど、パンデミックが終わったら、すぐにでも日本に行きたい! それくらい日本が好きなんだ」

日本の中で出店のトップバッターに選んだのは、鎌倉・七里ヶ浜。134号線沿いという、まさに"ザ・湘南"というエリアである。コンクリート打ちっ放しというモダンな建物の一角ながら海を望むテラス席を設け、開放的な雰囲気が漂う。この場所を訪れた瞬間、グレンジャー氏は、「ビーチで日光浴をしたり、サーフィンに興じる人たちを眺めながら、ゆったりとした時間を過ごせる。シドニーの明るく、フレンドリーで、リラックスできる雰囲気を体感してもらうのに最適な場所!」と、すっかり惚れ込んでしまったという。

「レストランには2種類あると思っている。ひとつは、主に空腹を満たすための場所。もうひとつは、ゆっくりと時間をかけ、食事だけでなく、雰囲気や体験なども“味わう”ところ。僕が目指すのは、断然後者だ。ロケーションやインテリア、サービスなども含め、お客さまが日常からエスケープし、リフレッシュしたり、エネルギーチャージする場所でありたいと思っているよ」

bills 七里ヶ浜 (c)Petrina Tinslay

肩書きは「シェフ」ではなく「レストランター」

大学でアートや建築を学んだだけあり、グレンジャー氏のお店の雰囲気づくりに対するこだわりは人一倍強い。とくに意識しているのは、"その街"との調和だ。七里ヶ浜店はビーチ沿いという開放感を味わえる造りに、若者が多く、活気にあふれる表参道店は、明るく、ポップなイメージに、そして銀座店は、ラグジュアリーでスタイリッシュなインテリアに仕上げ、billsスタイルのハイティーをメニューに加えるなど、ロケーションに合わせた店づくりをしている。「Easy-going(のんびりした、おおらかな)」という「bills」の軸は貫きながらも、場所ごとに違う顔を見せる。それも、複数店舗展開しながら、どこも盛況で、リピーターが多い理由だろう。

「幼い頃から料理をすることは好きだったけど、専門学校で学んだ経験もなければ、有名シェフのもとで修業した経験もないんだ。なので僕は、"シェフ"と名乗ったことはないよ。自分は、メニューの考案や店舗デザイン、経営など、レストランのすべてを手がけるレストランターだと思っているんだ」

現在5ヵ国で20店舗を展開しているが、開放的な雰囲気が漂う鎌倉・七里ヶ浜の店舗では多くの人が夢見るシドニーライフの空間を表現し、一等地でシドニー発のアフタヌーンティーが味わえる銀座の店舗では唯一無二のグラマラスな世界観を生み出した。

「bills、は日常から別の世界へエスケープできる空間だと思っている。自分はレストランターの仕事として、その”世界観”をつくることが一番好きなんだよ」

どの店舗も"home away from home"のような、まるで家にいるようにリラックスできる空間である一方で、その土地に合わせたさりげない違いを演出しているのだ。

シェフではなく"レストランター"と称するビル・グレンジャー氏。第二回は、「bills」誕生秘話に迫る。

bills 銀座限定のハイティー (c)Mikkel Vang

Bill Granger’s TURNING POINT
1993年 23歳 シドニー郊外のダーリンハーストに「bills」1号店をオープン
2000年 29歳 最初のクックブック「Sydney Food」を発売
2002年 31歳 ニューヨークタイムズ紙で「シドニーのエッグマスター」と称される
2004年 33歳 BBCで自身の名を冠した料理番組シリーズ「Bill’s Food」放映
2008年 37歳 海外1号店として日本に「bills 七里ヶ浜」をオープン
2011年 40歳 ロンドン1号店「Granger & Co Notting Hill」をオープン
バッキンガム宮殿の晩餐会に招かれエリザベス女王に料理を振る舞う
2014年 41歳 ハワイ・ワイキキと韓国・ソウルにそれぞれ「bills」をオープン
2020年 59歳 12冊目のクックブック「Australian Food」を発売

Bill Granger
1969年オーストラリア・メルボルン生まれ。'93年、当時通っていた美術大学を辞め、「bills」一号店を開く。2008年、海外第一号店を日本でオープンし、現在は日本国内に8店舗のほか、ロンドン、ハワイ、ソウルにも店を構える。5つの料理番組が世界30ヵ国で放映され、レシピ本も12冊出版。イギリスとオーストラリアの新聞や雑誌に毎週コラムを執筆するなど、フードライターとしても活躍。

TEXT=村上早苗

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