本連載「コロナ禍のアスリート」では、まだまだ先行きが見えないなかで、東京五輪メダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。
予選崖っぷちから代表内定
飛び込みの東京五輪最終予選を兼ねたW杯東京大会(5月1~6日、東京アクアティクスセンター)で、14歳の玉井陸斗(JSS宝塚)が男子高飛び込みで東京五輪代表に内定した。「たくさんの人を冷や冷やさせたり、緊張させたりしたが、決勝に残ることができて良かった。五輪ではまず入賞、調子が良ければメダル争いをしたい」
予選では崖っ縁に立たされた。代表内定条件となる準決勝進出ラインは18位で、5本目を終えて19位タイ。最終6本目の5255B(後ろ宙返り2回半ひねりえび型)で水しぶきを立てないノースプラッシュを決めて高得点をマークした。15位に順位を上げて、予選を突破。重圧に打ち勝ち、逆転で五輪切符を手中に収めた。
大一番で「脚の感覚がなくなるくらい緊張した」と本来の演技は影を潜めた。2~5本目は精彩を欠き「だいぶ焦りました」と平常心を失いかけたが「最後は絶対に決めてやる」と土壇場で会心のダイブ。準決勝は9位で突破。ラウンドを重ねるごとに順位を上げ、12人で争う決勝では8位入賞を果たした。
1年延期で最年少記録更新ならず
五輪延期の影響もモロに受けた。大会が通常開催されていれば、13歳10ヵ月で本番を迎え日本男子の史上最年少出場を更新していた。だが、1年延期により、1932年ロサンゼルス五輪の競泳・北村久寿雄の14歳10ヵ月に約3週間及ばない。
急激な成長も悩みの種だった。短期間で一気に体が大きくなれば、筋力が追いつかず持ち味の回転力が落ちる危険性があった。'19年4月のシニアデビューから2年で身長は約12cm伸び、体重は約15kg増加。ご飯は茶わん1杯と決めるなど食事制限をしても大人への階段を上ることを止めることはできなかった。
それでも計画的な筋力トレにより、競技力の向上に成功。馬淵崇英コーチは「体が大きくなることは予想していた。肉体改造でパワー、スピードが出て、今まで以上に余裕や安定感が出てきた」と強調する。体重増で入水時の衝撃が増した影響から昨年12月に左肘痛を発症。患部の負担を抑えるため高さ10m台からの練習を減らすことを余儀なくされたが、5m台や3m飛び板からのダイブを増やしてカバーした。
試練を乗り越えたが、世界の背中はまだ遠い。玉井のW杯決勝スコアは424.00点で、自己ベストの528.20点からは100点以上低い。中国勢をはじめトップ選手の大半が出場を見送る中、3位とは64.55差。採点競技で単純比較はできないが、'19年世界選手権に当てはめると入賞ラインにも45点以上の開きがある。本人も「国際大会は点が出にくいと感じた。五輪のメダルはまだまだ遠い」と自覚している。
悲観材料ばかりではない。決勝は3本目に109C(前宙返り4回転半抱え型)を入れ、予選、準決勝から演目構成の難易度を上げた。予選通過が五輪内定条件だったため、3月以降は難易度の低い予選仕様の演目を重点強化。109Cは決勝当日昼の練習で約1カ月ぶりに1本飛んだだけで臨み、本番ではやや入水が乱れて77.70点だった。12月に左肘痛を発症した影響もあり、決勝もベストの構成ではない。五輪本番では自己ベストを記録した昨年9月の日本選手権と同じ演目に戻す方針で伸びしろはある。
決勝5本目で入水が大きく乱れる失敗を犯した苦手演目307C(前逆宙返り3回半抱え型)の克服や109Cの精度アップなどが課題となる。
「入水のキレをよくしたら、国際大会でも点数は出ると思う。もっと高得点が出せるように練習したい。調子は上がっているので、このまま突っ走りたい」
現在中学3年。ケガ防止のため自転車には乗らず、体育の授業の球技は見学するなど五輪にすべてを捧げてきた。踏み切りから入水までは約1.6秒。日本飛び込み界悲願の五輪メダルに向け、一瞬に懸ける戦いは続く。