「どちらかというと負けたい。負けるからこそ、試行錯誤できる」
プロボクサーは俳優にとって、最も難易度の高い役のひとつ。映画『BLUE/ブルー』でボクサーの瓜田信人役を打診された松山ケンイチ氏も、当初は「芝居の説得力やリアリティの面で、ボクシングをやっていない自分がプロボクサー役だなんてとんでもない」という理由から、断るつもりでいたという。しかし、本作で共演する東出昌大から「一緒にやりたいです」と言われ、出演を決意した。
「東出くんから、そのひと言を言われたのもきっと何かの縁だなと思って。『やったほうがいいんだろうな』と思うきっかけになりました」
クランクインまでの2年間、ジムでのトレーニングを重ねて、瓜田の心と身体を作り上げた。演じるうえで一番大切にしたアイテムは、練習で使用したパンチングミットだ。
「瓜田はボクサーとトレーナーを兼任しているので、練習でいろんな人のパンチを受けるんです。僕もやらせてもらったんですけど、パンチと一緒にその人のエネルギーみたいなものが飛んでくるのがすごく面白かった。言い換えると、瓜田はパンチを通して、いろんな人の想いを受け続けてきた人。それが、ボクシングの勝敗では割り切れない、彼の別の強さにつながっているんです。それを理解するために、このパンチングミットはものすごく重要でした」
松山氏は、映画『聖(さとし)の青春』で実在した棋士・村山 聖を演じた際も、自分で将棋の駒を購入し、常に触っていたという。
「プロの指し方ができないと成り立たないので、必須でした。道具や衣装は演技に影響するので、すごく重要だと思います」
松山氏の芝居は時に“憑依型”とも評されるが、彼の話から、憑依に近道なんてものはないことがよくわかる。勝負所で本領を発揮するために必要なものは、日々の地道な鍛錬なのだ。
負けた話のほうが勝った話よりも面白い
試合には勝てないが、誰よりもボクシングを愛する瓜田は、果たして敗者なのだろうか?
「成功者とされる人も負け犬のような人も、それぞれに苦しみや幸せを感じている。見えているところだけでジャッジするのは違うと思います。その人の勝ち負けは、他人が決めることじゃない。それはわかっていなきゃいけないことだと、肝に銘じています」
そんな松山氏は自身の人生を、「負けっぱなし。勝ち続けられないんです」と、笑い飛ばす。
「ギャンブルはすべて必ず負けで終わります。勝ったお金も、次に負ける材料にしかならない。禁煙は、10回成功したのに必ずまた吸い始めてしまう。ということは、負けて終わってる。でも、負けた話のほうが勝った話よりも面白いじゃないですか。どちらかというと、僕は負けたいんだと思います」
勝ちという結果よりも、勝負をしている時の感情や体験を重視する。それは、仕事に対する姿勢にも重なる。
「作品でいうと、『カムイ外伝』と『平清盛』は、完膚(かんぷ)なきまでにボコボコにされました。役や作品の大きさに比べて、自分のあまりの小ささに本当にやるせない気持ちになったし、あたふたしました。でも、その経験があったおかげで今がある。今の自分はやっぱりものすごく幸せなんです。それはたくさんの人に助けられたおかげだし、自分が常に正直でいられたから。勝ちを喜んで終わるよりも、負けた理由を考えて、どうすべきかを試行錯誤するほうが好きなんです。変態なのかもしれないですけど、これからもボコボコにされたいです」
4月9日全国公開! 映画『BLUE/ブルー』
公開:新宿バルト9 ほか全国にて
配給:ファントム・フィルム
出演:松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大ほか
監督・脚本・殺陣指導:吉田恵輔
誰よりもボクシングに情熱を注ぐが試合に勝てない瓜田(松山)、チャンピオン目前の小川(東出)、ふたりを見守る千佳(木村)。恋と友情、憧れと嫉妬、理想と現実。もがき続ける若者たちの青春映画。
MATSUYAMA’S TURNING POINT
2009年映画『カムイ外伝』と、2012年NHK大河ドラマ『平清盛』。『カムイ外伝』の忍者役は、本格的なアクションで負傷したこともあり、大きな試練となった。『平清盛』では、実在した人物の一生を演じることの難しさに直面した。